「まあ、よい。今すぐ返事をせよとは言わない」

 ステファノの言葉に、ビアンカは口に出しかけた質問をのみ込んだ。

「それよりも、そなたには王都を満喫してほしい。前回私は、カルロッタの処罰関連で忙しく、あまり時間が取れなかったからな。この度は、少し余裕があるゆえ、色々な所へ連れて行ってやろう」

 ステファノは、穏やかに微笑んでいる。ビアンカは、ほっとすると同時に、微かな罪悪感を覚えた。子供を産めないかもしれないと、ついに口にすることができなかった。理由を追及されると困る、ということもあるが、やはりステファノの反応が怖かったのだ。

(ただ決断を先延ばしているだけ。私は、卑怯だわ……)

「ありがとうございます。ですがまずは、イレーネ様のためのメニューを研究したいと存じます」

 迷った末、ビアンカはそう口にした。逃げだというのはわかっているが、取りあえずは目の前の問題に集中しよう。世話になったイレーネの、役に立たねば。意気込むビアンカであったが、ステファノは今思い出したような顔をした。

「ああ、そういえばそのような問題もあったな」
「そういえば、って……」

 ビアンカは呆れたが、ステファノはけろりとしている。

「義姉上に梨のクレープを作る際は、私も呼んでくれ。前回は、兄上に食べられてしまい、食べ損ねたからな」
「ええ、それはもちろん……。ですが殿下、私の料理を召し上がってくださるのですか?」

 ビアンカは、意外に思った。

「当たり前ではないか。私は、そなたの作る料理が、この世で一番気に入っておるぞ?」

「ですが……。前回、王立騎士団の食事を代わりに作りに行くと申し出た際、殿下は食べるつもりがないと仰っていたではないですか。もう飽きてしまわれたのかと思っておりました」

「ああ、あれを気にしていたのか」

 ステファノは、クスリと笑った。

「そなたが求婚に応じてくれれば、今後は妻の手料理をいくらでも食べられると考えたからだ。だから、たかが一週間、わざわざ王立騎士団へ食べに行く必要もなかろうと思った。それだけのことだ」

 何だ、とビアンカは胸を撫で下ろした。

「とはいえ、この分では『妻』の手料理はまだ先であろうからな。義姉上に便乗させていただくとしよう」

 ステファノは、無邪気に微笑んでいる。甘酸っぱい恋心と、罪悪感の狭間で、ビアンカはやるせない気分になったのだった。