すっかり、油断していた。無意識にステファノから距離を取ろうと、窓側へ体をずらすが、ずらした分さらに距離を詰められた。かえって、追い詰められたようなものである。

「しつこく口説くと言ったではないか」

 漆黒の瞳が、ビアンカの瞳をのぞき込む。そこからは、それまでの深刻さは消えていた。打って変わって、激しい情熱が宿っている。

「そなたは、王室権限に屈する娘ではない。ということは、私という男を好きになってもらわないことには、始まらないわけだ。とはいえ、知り合って間もない私をいきなり好きになれというのも、無茶な話であろう。かくなる上は、そなたの心を射止められるよう、尽力するまでだ」

(知り合って間もないわけではないわ)

 ビアンカは思った。以前の人生で、ビアンカはステファノを一目見て恋に落ちた。その後も、社交界で過ごす中で、彼の武勇伝は多々耳にしたものだ。それに何より、人生をやり直してから今までの間、ビアンカはステファノの色々な面を知った。細やかな心遣いができる性格、批判をも真摯に受け止める心の広さ、時折見せる子供っぽさ……。

「そんな困った顔をするな」

 思い悩むビアンカを見て、ステファノは当惑したようだった。

「もしや、すでに嫌われていたか? それは難儀だな。挽回せねば……」
「嫌いだなんて! そんなこと、あるはずがございません」

 傷ついた様子のステファノに、ビアンカは焦った。

「私はただ、お妃という地位が恐れ多過ぎて、悩んでいるだけにございます。ステファノ殿下のことは、その……」

 エルマの話が蘇る。ステファノに、コリーニと同じ思いをさせてはいけない。ビアンカは、勇気を振り絞った。

「密かに、ずっとお慕いしてまいりました。初めてお目にかかった時から……」

 ビアンカは、最後まで喋ることができなかった。ステファノに抱き込まれたからだ。まばたきする暇もなく、熱い口づけが降ってくる。