「お、お手を煩わせまして恐縮でございます……」

 ビアンカは、消え入りそうな声で礼を述べた。ステファノが、あっさり答える。

「すぐ隣の土地だ、気にすることはない。せっかくなので、じっくり視察して来たぞ」

(じっくりご覧になるような所ではございません……!)

「実に面白かった。そうそう、このような店があったぞ。居酒屋のようなのだが、『洗い物ご協力で割引中』という看板がかかっていたのだ。あれは、どういう意味であろう?」

 かつてアントニオらと行った居酒屋のシステムを、父に話したところ、カブリーニ領でも流行りだしたようなのである。だが当然ながら、ステファノには理解できないようだった。

「殿下、それはですね。客が、飲食した食器を自ら洗うことで、飲食代を割り引いてもらうシステムなのです」
「客が、自分で洗うと?」

 ステファノは、目を見張った。

「いや、居酒屋には以前、お忍びで行ったことがあるが。そのようなシステムではなかったな。実に画期的だ」

 超貧しいボネッリ領とカブリーニ領ならではですから、とビアンカは密かに思った。おまけにカブリーニ領のそれは、ボネッリ領のパクリだ。

「様々な工夫をしておるのだな」

 ステファノは、ぽつりと言った。

「私も、もっと国内のことに気を配らねばならん。幸いロジニアとの同盟も破棄できたことだし、私も(いくさ)で国を空ける機会は少なくなるだろう。これを機に、貧しい地域の活性化に力を入れたい。領主の努力だけでは、どうにもならないこともあるであろう?」

 ビアンカはふと、以前アントニオが言っていたことを思い出した。気候の厳しさに原因がある、と彼は説明していた。

「殿下。恐れながら申し上げますが、ボネッリ領の地域は、海沿いゆえ、津波の被害が大きいのです。また、冬は毎年、大雪に見舞われるとか。そのような自然災害が、貧困の大きな原因となっていると思われます」

「ああ、パッソーニもそのようなことを申しておったな」

 ステファノは、思い出したように頷いている。カブリーニ領については、あえて言及するまいとビアンカは思った。あちらは単純に、父が間抜けなのが原因である。

「解決できるよう、策を講じよう……。というわけで」

 ステファノは、ビアンカをチラと見た。

「我が妃となって、それに協力してくれぬか?」

(話、急に戻ってきた……!!)