ビアンカは、一気に緊張がほぐれるのを感じていた。

(よかった。求婚の件とは、何ら関係がなかったわ……)

 ステファノが現れた瞬間から、そのことをどう詫びようか、散々悩んできたというのに。ステファノは、まるで忘れ去っているような態度だ。頭の中は、イレーネの心配でいっぱいの様子である。

(イレーネ様に憧れてらっしゃるという噂は、本当かも。お断り申し上げた私のことなど、もう関係ない存在なのかもしれないわ……)

 勝手とわかってはいるが、一抹の寂しさを覚える。それを押し殺して、ビアンカはうやうやしく返答した。

「私でお役に立てることなら、何なりとご協力する所存です」

 ニコラから教わったのは、体力作りが目的の食事ばかりだった。妊婦向けの料理など、本当は自信がない。だが、世話になったゴドフレード夫妻に、恩返しがしたかったのだ。

「それはありがたい。では、早速来てくれるか?」

 ステファノは、嬉しげに微笑んだ。

「甘いものなら、どうにか受け付けられそうとのことだ。料理比べでそなたが作った梨のクレープにも、たいそう興味を示しておられてな。是非、作って差し上げてほしい。あの時は、兄上が全て召し上がってしまわれたからな」

 クスクスと、ステファノは笑った。

「かしこまりました。すぐに用意をいたしますが……。殿下、こちらへはいつまでご滞在で?」

 するとステファノは、意外な答を口にした。

「そなたが準備でき次第、すぐに王都へ出発する」
「……はい? あの、この土地にご用があったのではないのですか?」

 ビアンカを召喚するだけなら、家臣でも事足りるのに。わざわざステファノが赴いたということは、ボネッリ伯爵領に何らかの用事があったのではないのか。当惑していると、ステファノはいっそう可笑しそうにした。

「長期滞在するのは領主の負担になると、そなたが示唆したのではないか。案ずるな。度々、こちらへは赴くが、いずれも短期滞在とするゆえ。宿泊が必要になった際は、宿を取ることにする」

「ええと……、殿下は何ゆえ、頻繁にこちらへ来られるのでしょう?」

 さっぱり、ステファノの意図がわからない。すると彼は、とんでもない台詞を放った。

「決まっているであろう。そなたを、口説くためだ」
「――は!?」

 驚愕のあまり硬直したビアンカの手を、ステファノはテーブル上でそっと握った。

「正直、あの場でそなたが求婚に応じるとは、思っていなかった。というわけで、振り向いてもらえるまで、しつこく口説くとしよう。……義姉上のつわりは、いい口実となった」

(今、ハッキリ口実って仰った……!?)