エルマの言葉は胸に響いたとはいえ、どう行動すべきか判断がつかないまま、一週間が過ぎた。その朝、皆で朝食を囲んでいると、ジョットがこう言い出した。

「ビアンカちゃん、大分元気そうになってきたじゃん? ここへ帰った頃は、すごくどんよりしてたから、正直心配してたんだよね」

 やはりそう見えていたのか、とビアンカは改めてハッとした。

「すみません、ご心配をおかけして。もう大丈夫です。エルマさんに励ましていただいて、スッキリしたんですよ」
「へえ?」

 一同は、意外そうな表情で、ビアンカとエルマを見比べた。再び見習いにやって来た、スザンナも一緒だ。

「ちょいと、女同士の話ってやつをしたのさ」
 
 エルマが、けろりと答える。するとジョットが、いつもの調子で軽口を叩いた。

「女同士? だって、エルマと話したんでしょ?」
「ジョットさん!」

 そこへ、非難がましい声が飛んだ。スザンナだ。彼女は、ジョットの頭上に、容赦なく拳骨を落とした。

「女性を年齢で差別するのは、紳士ではありませんよ!? いくつになられても、女性のことは敬うべきです!」

 スザンナの手厳しい言動にも驚いたが、さらに意外だったのは、ジョットの態度だった。彼は、飼い主に叱られた子犬のように、しゅんとうなだれた。

「……失礼しました」
「わかればよろしい!」

 ビアンカは、思わず他の皆の反応をうかがったが、全員けろっとしている。どうやら、今のようなやり取りには、慣れているらしい。

(ジョットさんは、スザンナのことがお気に入りみたいだけど。これは、もしや……)

 朝食が終わると、ビアンカはスザンナを裏庭へ引っ張って行った。

「あのね、スザンナ。あなたは本気で、社交界デビューせずに私のように料理番になるつもりなの? そのために、ここで見習いを続けると?」

「ええ、そうですよ?」

 何を今さら、といった様子で、スザンナは頷いた。

「ええと、それはまずいのじゃないかしら。ほら、ここは男性だらけの環境だし……」

 スザンナは、かつてアントニオが使っていた部屋に寝泊まりしているのだ。ビアンカは、急に妹が心配になってきた。ビアンカの時は、皆アントニオに気を遣っていた上、アントニオ本人も信頼できる紳士だったので、身の危険を感じることはなかったが……。