「仕方ないだろう。それしか方法を思いつかなかった」

 エルマは、深いため息をついた。

「あのドレス、寮生の方からのプレゼントじゃなかったんですね」

「当たり前だろう。いくら世話になってると言ったって、中年の寮母にそんなものを贈る若者がいるかね。あれはね、結婚式用に彼がプレゼントしてくれたものなんだ。返そうとしたけれど、頑として受け取ってくれなかった。だから、袖を通す機会もないまま、しまい込んでいたのさ」

 エルマは、ビアンカの顔を見た。

「幸せになっておられたかい? きっと、新しい奥様と仲良くお過ごしなんだろうね。ご両親が、仰っていた。息子は、相応の女性と再婚させる、と……」

「お幸せには、とても見えませんでした」

 ビアンカは、キッパリと言った。

「これは、コリーニ様に口止めされていたのですが、言わないではおれません……。彼は、こう仰っていました。エルマさんのことをまだ愛している、二十年間ずっと想ってきた、と……」

 エルマは、目を見張った。

「まさか……」

「本当です。そんな事情とは知らなかったので、私はうっかり、エルマさんはずっとここで働いていると口走ってしまいました。だから彼は今、ひどく憤っておられます。そこまで、エルマさんに嫌われていたのかと……」

「そんな……」

 エルマはしばらく呆然としていたが、やがてぽつりと言った。

「わからないものだね。あの人のためにと思ってやったことが、苦しめる結果になったなんて。それも、何十年も……」

 ビアンカは、エルマの手を取った。

「エルマさん。本当のことを、コリーニ様に打ち明けられては?」
「……少し、時間をおくれ。まだ気持ちの整理がつかない」

 もう一度深いため息をつくと、エルマはビアンカをじろりと見た。

「ところで、あんたの方は? しょっ引かれた事情も、釈放された経緯もわかった。それから、宮廷舞踏会へ出席して来たってことも。けど、そこで何かあったんだろう? これだけあたしの事情に踏み込んだんだ。あんただけダンマリってわけには、いかないよ」