数日の後、騎士団寮へ戻ったビアンカは、ゴドフレードとイレーネに手紙を書いた。数々の厚意に対する礼と、舞踏会を飛び出し、勝手に王宮から帰った詫びである。ステファノへは、書かなかった。何と書いてよいのか、わからなかったからだ。代役として来ていた王宮料理番には、丁重に礼を述べて帰ってもらった。

 手紙をしたため終わると、ビアンカはエルマの部屋を訪れた。

「長い間ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。それから、ご心配もおかけして」

 釈放された時点で、報告の手紙は書き送っていたが、ビアンカは改めて事情を説明し始めた。するとエルマは、途中でさえぎった。

「いいよ、もう知ってるさ。あんたが釈放されてすぐ、ステファノ殿下からボネッリ様宛てに、お手紙が届いたんだよ。あんたは無事で、迷惑をかけてすまない、と書かれていたそうだ。だから、事情は十分承知してる。大変だったね」

「そうだったのですか」

 ステファノが、そんな配慮をしていたとは知らなかった。ビアンカは、あっけにとられた。

「王宮料理番の方まで手配してくださって、ステファノ殿下は本当にお優しい方だよね。だからその間、スザンナには休んでもらったよ。実家へ帰した」

 エルマは、目を細めている。ビアンカは、思い切って切り出した。

「あの、エルマさん。実は私、王都で、コリーニ様とお話をする機会があったのです」

 とたんにエルマの表情は、ふっと曇った。

「あたしを罵ってたかい」

 それには答えずに、ビアンカは尋ねた。

「なぜ嘘をついて、コリーニ様と別れたのです? エルマさんは、そんな風に人を……それも大切な人を、傷つける人間ではないでしょう」

 エルマはしばらく黙り込んだが、やがてぽつりと言った。

「愛してたからこそ、別れたんだよ」

「……」

「本当に、いい方だったよ。あたしは、同じ平民の男と結婚していたんだけれど、早くに先立たれてね。それでここで寮母として働くようになった。貴族の彼とはとても釣り合わないと、ずっと遠慮していたんだけれど。彼は、子供もいないし親も反対はしていないからと、何度も口説いてくれた。それで、勇気を出して結婚を承諾したんだけれど……。その直後に、彼のご両親がここへやって来られた」

 嫌な予感がした。

「ご両親は、こう仰った。息子には、王立騎士団からのスカウトの話が来ている。平民のあなたが、王都へ行ってやっていけるのかと。身分違いの人間ばかりの社交界で、非常識な振る舞いをすれば、息子が恥を掻く。せっかく、名誉ある王立騎士団員というポストを手に入れようとしているのだ。息子の将来を、妨げないでくれと……」

「それで、嘘を言ってコリーニ様を捨てたのですか」