ビアンカは、真っ直ぐ与えられた部屋へ向かった。ノックもせずに扉を開けると、ルチアは驚いたようにこちらを見た。

「お姉様? 舞踏会、もう終わったんですの?」
「私、寮へ帰るわ」

 慌ただしく着替え始めたビアンカを見て、ルチアは仰天したようだった。

「一体、舞踏会で何があったのです? 嫌な思いでもしたのですか?」
「いえ……。嫌な思いをさせたのは、私だわ」

 ステファノの顔を見ることはできなかったが、傷つけたのは確かだ。それも、大勢の前で恥を掻かせて。あれほど誠意の限りを尽くしてくれたのに、恩を仇で返してしまった。

(それでも……、求婚をお受けするわけにはいかないわ)

 ――子は好きでございます。
 ――賑やかな家庭を作りたい。

 ステファノの言葉が蘇る。後々失望させるくらいなら、今の時点でお断りした方がいい。ビアンカは、そう自分に言い聞かせた。

(結局、人生をやり直したところで、ご縁はなかったのよ……)

 ルチアは、当惑したような声を上げた。

「いずれにしても……。帰られるのは、困りますわ。私、まだこちらに用がありますの」
「なら、あなたはお残りなさい。お父様と一緒に、後で帰るといいわ」

 どのみち、父はまだ失神中だろうから、とビアンカは考えを巡らせた。

「カブリーニ家の馬車を使わずに、お姉様はどうやって帰られるのです!? ここまでは、護送されて来たのでしょう?」
「辻馬車を使うわよ!」

 ひえっと、ルチアが奇声を発する。

「ボネッリ領まで辻馬車だなんて、正気ですか? 倹約家のお姉様が……。一体、おいくらかかると……?」
「今までのお給料を全部使い果たしたところで、構いやしないわ!」

 着て来た服に着替え終わると、ビアンカは、脱いだドレスを丁寧に畳んだ。アクセサリー類、ティアラと共に、きちんとベッド上に並べる。

「置いていかれるんですの? ねえ、殿下と何が……」
「後で話すわ。侍女の方々には、よろしく伝えてちょうだい」

 ルチアを振り切って、ビアンカは部屋を飛び出した。幸い、舞踏会に集っているせいか、王宮内に人は少ない。ビアンカは、誰にも見とがめられることなく、王宮を出た。

(早く、辻馬車をつかまえて……)

 門をくぐり抜けたところで、ビアンカは前からやって来た男とぶつかりそうになった。謝りかけた矢先に、男は驚いたような声を上げた。

「ビアンカさん!?」

 その顔には、覚えがあった。ドナーティやアントニオと共に、料理の食べ比べをしてくれた、コリーニという王立騎士団員だ。エルマと、知り合いの様子だった……。