兄夫妻への挨拶を終えたステファノが、会場内を見回す。ビアンカは、先ほどまでの憂鬱も吹き飛ぶ思いで、彼に見とれた。

 今日のステファノは、白地に金と赤の刺繍が施された上着を着用していた。ふんだんにレースがあしらわれた、豪華なものである。白は、ステファノにたいそうよく似合っていた。燃えるような赤毛を引き立てる上、浅黒い肌とのコントラストも素晴らしい。

(軍服姿も素敵だけれど。こういう高貴な服装も、本当にお似合いだわ……)

 生まれ持っての気品ゆえだろう、とビアンカはしみじみ納得した。その時、ふとステファノと目が合った。見つめていたことに気付かれた気がして、ビアンカはパッと目を伏せた。恥ずかしすぎて、顔が熱くなってくる。心臓は高鳴り、簡単には静まってくれそうになかった。

(美しすぎるものを見たせいよ。ここは、正反対のものを見て、気を落ちつかせねば!)

 ビアンカは、会場のとある場所へぴゅーっと駆け付けた。そこには、コンスタンティーノ三世の肖像が飾られているのだ。実物の十倍は美化しているが、それでもビアンカを冷静に戻すには十分だった。息子たちより遙かに劣る容姿の上、暴飲暴食のせいで体型は緩んでいる。

(この父親から、ステファノ殿下がおできになったなんて、遺伝子の神秘よねえ)

 うんうんと首をひねっていたビアンカだったが、何やら会場内が静まりかえったのに気付いた。同時に、妙に大勢の視線を感じる。その時、聞き覚えのある深みのある声が、背後で響いた。

「ビアンカ・ディ・カブリーニ嬢。私と踊っていただけますか」

 幻聴かと思った。まるで機械仕掛けの人形のように、ぎこちなく振り返る。そこには紛れもなく、微笑みながら手を差し出しているステファノの姿があった。