レッスンは、三日目に入った。ステファノにとってこの時間は、至福の時であると同時に、拷問にもなりつつある。愛しい娘を腕に抱いているというのに、口づけのひとつもできない。けじめだからだ。それは、宮廷舞踏会で正式に求婚し、ビアンカの承諾を得て初めて許される行為だ。ステファノは、そう考えていた。

(求婚に、すぐに応じてもらえるという保証はないが)

 専属料理番の一件から、ビアンカが王室相手にたやすく屈する娘でないことは、わかっている。たとえ拒否されたとしても、しつこくかき口説こうと、ステファノは考えていた。実家カブリーニ家へも、すでに根回し済みだ。

(絶対に、私を好きにならせてみせる……)

 だがその日のレッスン中、ビアンカはこんなことを言い出した。

「パッソーニ夫人が入られた修道院というのは、どこですの?」

 ダンスのマナーとして許されない非常識だというのに、ステファノはつい、動きを止めてしまった。なぜ、パッソーニの母親にこだわるのかと思ったのだ。聞けば、彼女が息子に会わない理由を知りたいのだという。

(赤の他人のビアンカが、なぜそこまで気にする……?)

 ステファノは、パッソーニの母クラリッサと面会した時のことを思い出していた。年老いてはいたが美しく、瞳は息子と同じアメジスト色だった。父の愛人にしては珍しく、清楚で固そうな印象でもある。父としては、ちょっとした気まぐれだったに違いなかった。だからこそ、早々に飽きて捨てたのだろう。そう思うと、パッソーニ家は気の毒ではあるのだが……。

『ご厚意はありがたいですが、私はこの修道院で一生を終えるつもりです。子供たちに会うつもりはございません』

 クラリッサは頑強にそう繰り返し、理由を告げることもなかった。頑ななその態度を見ていると、王立騎士団への勧誘に応じようとしなかった、パッソーニの姿が蘇ったものだ。

「親子関係など、家庭によりそれぞれであろう」

 ステファノは、そう言ってビアンカをあしらおうとした。自分の父だって、女遊びに夢中で、息子たちのことなど顧みないではないか。だが彼女はしつこかった。

「アントニオさんが気の毒です」

 カッとなった。そこまで、パッソーニのことが気にかかるのだろうか。やはりビアンカは、あの男が好きなのか……。

 ステファノは衝動的に、ビアンカの背に回した腕に力を込めていた。彼女は抵抗したが、鍛え上げた腕は、あっさりその体を引き寄せることができた。そっと、頬に手を伸ばす。

(奪いたい)

 唇だけでなく、この場で彼女の全てを奪ってしまえれば、どんなにいいだろうか。狂おしいほどの欲望に、頭が支配されていく。