ビアンカの父親は、見るからに気の小さそうな男だった。王族相手に緊張する人間なら、これまでの人生で山ほど見てきたが、ここまで挙動不審なのも珍しい。そういえば以前会った時もそうだったか、とステファノはうっすら思い出した。

 専属料理番の話をすると、父親は危うく卒倒しそうになった。

「つ、つ、妻に相談して参ります」

 隣の領地だからと、彼はすっ飛んで帰って行った。ビアンカの容態も落ち着いたようなので、ステファノはドナーティらを集めて作戦会議を練った。ビアンカのメニュー受け入れは、彼らも渋々同意したのだが、残る問題はパッソーニ引き抜きだ。実際に剣を交えて、ステファノはいよいよ彼が欲しくなった。精神面も、しっかりしていると見受けられる。ステファノらはその夜中、パッソーニ口説き落としの方法を論じたのだった。

 翌日、騎士団寮へ向かったものの、パッソーニはやはり頑固だった。通された食堂で、ステファノはドナーティと共に、懸命な説得を試みた。古びた厨房が垣間見え、ここでビアンカは日々調理をしているのかと感慨深い気分になったが、今はそれどころではない。議論を交わすうち、気付けば数時間が経過していた。

 その時だった。不意に、パッと食堂の扉が開いた。

「休憩して、お食事はいかがですか?」

 食事を手に入って来たのは、何とビアンカだった。聞けば、もう体調は回復したのだという。さすがに、腹も減ってきている。ステファノたちは、彼女の料理を食べることにしたのだった。

「ビアンカ嬢こそ、何か食べたのか。ずっと、熱に浮かされていたと聞いたが」

 ステファノは、ビアンカに聞いてみた。彼女が熱にうなされていたのは、この目で見て知っている。それなのに人づてに聞いた風を装ってしまったのは、やはりどこか疚しかったからだろう。

 何も口にしていないとビアンカが言うので、ステファノは彼女にも食べるよう勧めた。奇妙なメンバーで始まった食事だったが、ビアンカの人柄ゆえだろうか、雰囲気は途中から和やかになった。ぶつくさ言っていたドナーティも、料理の味は気に入ったらしく、ステファノはひと安心した。ドナーティは頑固な男だが、根は悪い人間ではない。今後とも、右腕として活躍して欲しかった。

 食事の後、パッソーニはビアンカを手伝うと言って、一緒に厨房へ消えた。気になるのはやまやまだったが、王子たる者、厨房へ足を運ぶわけにはいかない。ステファノは、やきもきしながら待ち続けたが、さすがに遅すぎる。耐えきれず、席を立った。

(一体、何を話して……)

 その時聞こえてきたのは、パッソーニのこんな言葉だった。

「王立騎士団に入団させていただくよ……。なかなか、素直になれなかったのだけれど……」

 思わず、顔がほころぶ。恨みある王室だろうに、決断してくれた彼への感謝で、胸はいっぱいだった。仲間らも、嬉しげに祝福している。だがその後、とんでもないことが起きた。専属料理番の件を持ち出したステファノに向かって、ビアンカはこう告げたのだ。

「大変光栄なお話ですが、辞退させていただきたく存じます」

 耳を疑った。