抱き上げた時から、ビアンカの体が熱いのは感じていたが、やはり彼女は熱があった。ステファノの腕の中で意識を失ってしまったビアンカを、馬車でボネッリ邸へ運ぶ。駆け付けた医師に、ステファノは詰め寄った。
「診断は、どうなのだ!」
「か、か、過労にございます」
老齢の医師は、震えながら答えた。
「ひどく熱が高いではないか。このまま後遺症が残るようなことがあれば、処分は覚悟しておろうな!」
「いえ、そのようなことは! 薬を飲んで安静にしていれば、一~二日で治ります……」
医師は薬を処方すると、逃げるように帰って行った。侍女たちがビアンカを着替えさせるというので、ステファノはいったん部屋を出た。ボネッリ伯爵を呼ぶ。
「ビアンカ嬢の背後にいた者を、特定せよ。追放処分といたせ」
「それは、さすがに……」
ボネッリ伯爵は、困惑顔になった。
「この領内では、陵辱の罪を犯したものですら、そこまでの罪には問われません。ビアンカ嬢を襲ったわけでもなし、追放とするのは、バランスが取れませぬ」
「ならばむち打ちだ」
ステファノは、短く言い捨てた。あんな風にドレスが破れたのは、やはり手縫いゆえだろう。ドレスをも贈らなかった自分が、悔やまれてならない。
「それから、ビアンカ嬢が回復したら、速やかに王都へ連れて行く。それまで、引き続き世話になるぞ」
一瞬、ものすごく嫌そうな顔をされた気がしたが、ステファノは気にならなかった。ただただ心配なのは、ビアンカの容態だ。着替えを終えた彼女の側に、ステファノは付きそうと言った。
「殿下に、そのようなことをしていただくわけには……」
ボネッリ伯爵は固辞したが、ステファノは自分が世話をすると言い張った。
「医師は、過労と言っておった。私が、ここへ通わせて食事など作らせたからだ。だから、責任は私にある」
伯爵を説き伏せて、ステファノは自らビアンカの側に寄り添った。額の汗を拭ってやり、氷を載せてやる。だが、世話をすると言い出したものの、いざとなるとステファノはどうしていいかわからなくなった。無理もない。病人の看病など、生まれてこの方初めてなのだ。自分自身も、健康そのものだったため、看病された経験もない。
(戦場で負傷して手当てされたことなら、山ほどあるのだがな)
ううむと首をひねっていると、ビアンカが何やら呟いた。顔を寄せてよくよく聞くと、うわごとのように「みず」と言っている。
(そうか、喉が渇いておったのだな)
見れば唇は、乾いている。グラスを手に取り、水を飲ませようと試みるが、ビアンカには体を起こす気力もなさそうだった。第一、まだ熱で朦朧としているのだ。かくなる上は、とステファノは決意した。
(これは、治療行為だ。断じて、よこしまな思いゆえではない)
自分に言い聞かせながら、水を口に含み、ビアンカに覆いかぶさる。だが、唇を近付けたとたん、派手なノックの音がした。
「ビアンカ! 私だ。倒れたと聞いたぞ!」
察するに、父親のようだ。ステファノは、さっと身を離した。内心、舌打ちしながら。
「診断は、どうなのだ!」
「か、か、過労にございます」
老齢の医師は、震えながら答えた。
「ひどく熱が高いではないか。このまま後遺症が残るようなことがあれば、処分は覚悟しておろうな!」
「いえ、そのようなことは! 薬を飲んで安静にしていれば、一~二日で治ります……」
医師は薬を処方すると、逃げるように帰って行った。侍女たちがビアンカを着替えさせるというので、ステファノはいったん部屋を出た。ボネッリ伯爵を呼ぶ。
「ビアンカ嬢の背後にいた者を、特定せよ。追放処分といたせ」
「それは、さすがに……」
ボネッリ伯爵は、困惑顔になった。
「この領内では、陵辱の罪を犯したものですら、そこまでの罪には問われません。ビアンカ嬢を襲ったわけでもなし、追放とするのは、バランスが取れませぬ」
「ならばむち打ちだ」
ステファノは、短く言い捨てた。あんな風にドレスが破れたのは、やはり手縫いゆえだろう。ドレスをも贈らなかった自分が、悔やまれてならない。
「それから、ビアンカ嬢が回復したら、速やかに王都へ連れて行く。それまで、引き続き世話になるぞ」
一瞬、ものすごく嫌そうな顔をされた気がしたが、ステファノは気にならなかった。ただただ心配なのは、ビアンカの容態だ。着替えを終えた彼女の側に、ステファノは付きそうと言った。
「殿下に、そのようなことをしていただくわけには……」
ボネッリ伯爵は固辞したが、ステファノは自分が世話をすると言い張った。
「医師は、過労と言っておった。私が、ここへ通わせて食事など作らせたからだ。だから、責任は私にある」
伯爵を説き伏せて、ステファノは自らビアンカの側に寄り添った。額の汗を拭ってやり、氷を載せてやる。だが、世話をすると言い出したものの、いざとなるとステファノはどうしていいかわからなくなった。無理もない。病人の看病など、生まれてこの方初めてなのだ。自分自身も、健康そのものだったため、看病された経験もない。
(戦場で負傷して手当てされたことなら、山ほどあるのだがな)
ううむと首をひねっていると、ビアンカが何やら呟いた。顔を寄せてよくよく聞くと、うわごとのように「みず」と言っている。
(そうか、喉が渇いておったのだな)
見れば唇は、乾いている。グラスを手に取り、水を飲ませようと試みるが、ビアンカには体を起こす気力もなさそうだった。第一、まだ熱で朦朧としているのだ。かくなる上は、とステファノは決意した。
(これは、治療行為だ。断じて、よこしまな思いゆえではない)
自分に言い聞かせながら、水を口に含み、ビアンカに覆いかぶさる。だが、唇を近付けたとたん、派手なノックの音がした。
「ビアンカ! 私だ。倒れたと聞いたぞ!」
察するに、父親のようだ。ステファノは、さっと身を離した。内心、舌打ちしながら。