ビアンカが呆然としていると、アントニオに声をかけた男性が、つかつかと近付いて来た。

「初めまして、ようこそ我が寮へ。俺はジョット、副団長だ。よろしくね」

 食事中に、ビアンカについて質問していた男だろう。亜麻色の髪に、やや垂れ気味のピーコックグリーンの瞳を持つ、ひょうきんそうな男だ。

「あ……、ビアンカ・ディ・カブリーニです。よろしくお願いします!」

 他の三人の顔も見回しつつ、あたふたと挨拶する。そこへ、エルマが姿を現した。すかさず、アントニオがにらむ。

「エルマ、いい加減にしろ。ビアンカ嬢は、窓からよじ登って食堂に入ろうとしていたのだぞ? 食事くらい、同席させてあげろ」

「あ、違うのです!」

 ビアンカは焦った。アントニオは、ビアンカが皆と食事と共にしたがっていると思ったようだ。そう思われても、当然なのだが。

「単に同席したい、というだけではなくてですね。私は、こちらで料理番のお仕事を極めたいと思っているんです! なので、お食事も観察したいですし……、できれば、厨房での調理の様子も」

 ヒュー、とジョットが口笛を吹く。

「そのために、窓から入ろうってか? 偉いじゃん!」

 ジョットは、ずいぶんと軽い男のようだった。一方アントニオは、いっそう眉間の皺を深くした。

「だ、そうだ。エルマ、ビアンカ嬢の頼みを聞いてやれ。彼女は、あの娘とは違うんだ。真面目な、仕事熱心な子なんだよ」

(あの娘、って……?)

 ビアンカは、内心首をかしげた。でも、とエルマがぶつぶつ言う。するとアントニオは、まなじりを吊り上げた。

「言う通りにしないと、ボネッリ伯爵に言って、お前をクビにするぞ!」

 おいおい、とジョットが焦った様子で、アントニオとエルマを見比べる。エルマは、じっと黙り込んでいたが、やがてキッとビアンカを見すえた。

「そうかい。それならあんたに任せようじゃないか。買い出しから調理まで、全部やってみるといい。あんたに、できるもんならな!」

 それだけ言い捨てて、エルマはさっさと寮内へ引っ込んだ。ふう、とアントニオがため息をつく。ビアンカは、急いで礼を述べた。

「ありがとうございました。思いがけず全部任せていただけるみたいで、嬉しいです!」

 だがアントニオの表情は、何だか浮かなかった。

「それはそれで、ずいぶん大変だと思うが」
「大丈夫です。私、頑張り……」
「エルマは、倹約のプロだから」

 アントニオは、ビアンカの台詞を遮った。

「悪いが、この騎士団寮に与えられた予算は、驚くほど少ない。食費なんて、雀の涙だ。そこから俺たち五人分の食事をひねり出してこれたのは、エルマだからこそだ。君、難題に直面したと思えよ」

 ガーン、という音が脳内で聞こえた気がした。道理で、五人の騎士たちは痩せ細っているはずだ。彼らの顔を順繰りに見回すと、皆一様に微苦笑を浮かべた。『ご愁傷様』と顔に書いてある。

(私、とんでもない場所へ来ちゃったかも……!?)