武芸試合当日、現れたビアンカを見て、ステファノはハッとした。彼女は、プレゼントしたウィッグとティアラを身に着けつつも、実に質素なドレスをまとっていたのだ。一目でわかる荒い縫い方からして、素人の作品だろう。家で、自分で縫ったのだろうか。

(うかつだった……)

 短い髪を隠すためには、ウィッグがあればいいとしか思わなかった。その上に飾るティアラがあれば、十分だろうと思ったのだ。だが考えてみれば、ビアンカは働きに出るほどの貧乏家庭なのだ。晩餐会の際のドレスも、借り物と言っていた。今日着て来るドレスがないことくらい、なぜ想像できなかったのだろう。

(次こそは、必ずドレスを贈ろう)

 そう決意してから、ステファノはあれっと思った。

(次とは、いつだ……?)

 理由はよくわからないが、ビアンカにプレゼントを贈り続ける前提になっている自分に気付く。取りあえずその問題は置いておいて、ステファノは彼女のファッションを褒めることにした。手縫いであることには気付かないふりで、ティアラがドレスに合っていると告げる。

(本当は、黒翡翠にしたかったが……)

 また王子のカラーにしただの何だのと、うるさい連中が現れるだろうから、止めたが。ステファノの本音としては、ビアンカに自分のカラーを身に着けさせたくてたまらなかった。

(私の専属料理番なのだ。私のカラーを着せて、何が悪い)

 あの後ステファノは、ボネッリ伯爵に、ビアンカを王都へ連れて行く旨を一方的に告げた。何やら困惑している様子だったので、『でないと、この地を去らないぞ』と冗談めかして言っておいた。その後なぜか、ボネッリ邸の料理長は胃痛だとかで医師の手当てを受けていた。

 ビアンカを隣に座らせ、しばし観戦する。ほとんどは、見る価値のない剣士ばかりだった。

(注目すべきは……、やはり、パッソーニ)

 ステファノの予想通り、アントニオ・ディ・パッソーニは決勝へ進出した。間もなく試合が始まろうというその時、彼はやおら、胸元から白いリボンを外した。こちらを見ながら、無言で口づける。

(……いや。こちらを見ているのではない)

 ステファノは、隣に座るビアンカに視線を走らせた。彼女がまとう白いドレスには、同じく白いリボンが付いている。だがそれは、右袖だけだった。

(パッソーニが着けているリボンは、彼女のものか……?)