ところがその後、ちょっとした騒ぎが起きた。随行した家臣の夫人らが、料理番の娘に絡み始めたのだ。中心となったのは、レオーネ伯爵の夫人だった。娘を王子妃にしたいという野心を持っているらしく、ことあるごとに娘の押し売りをするので、ステファノとしては嫌気が差していたところだ。

 さすがに見かねて、仲裁に入ろうとしたその時、娘は気丈にも言い返した。

「自分で稼いだお金でご飯を食べるというのは、当然のことではありませんか。人が丹精込めて作ってくれた料理を、ろくに口を付けもせずに廃棄処分にさせるあなた方の行動よりは、遙かに真っ当だと思いますが!」

 周囲は、ぐうの音も出ない様子だった。自分が上から押さえつけたとして、果たしてこれほどの効果があっただろうか、とステファノは思った。遅ればせながら、レオーネ夫妻の退室を命じたものの、ステファノの心はすっかり料理番の娘に囚われていた。

 その後はそれほど問題は起きないまま、晩餐会は終了した。一名、コルセットが外れたとかで大騒ぎした夫人がいたが、誰も無関心だった。

 とはいえ晩餐会後は、ステファノにとってうっとおしい時間が待っていた。ここぞとばかりに、自分の娘を売り込む貴族らに、まとわりつかれたからである。いい加減彼らから逃れようと、バルコニーへ向かったステファノだったが、そこには先客がいた。

 例の料理番の娘と、チェーザリ伯爵だった。ステファノは、無意識に眉をひそめていた。虫が好かないというのか、ステファノはチェーザリ伯爵のことを、何だか好きになれないのだ。前世で因縁でもあったのだろうか、と非現実的なことすら考えている。

 どういう接点があったのかは知らないが、二人はどうやら知り合いらしかった。だが、話しているうちに、チェーザリ伯爵は突如娘につかみかかった。

(何をする……!)

 思わず助けに入ろうとしたステファノだったが、そこで信じられないことが起きた。娘が、チェーザリ伯爵に盛大なパンチを見舞わせたのだ。

(今のは、現実か……?)

 ステファノは、目をぱちくりさせた。どう見ても非力な、小柄な若い娘だというのに。そうか、とステファノは合点した。やはりこの娘は、筋力アップの秘訣を知っているのだ。

(是非、役立ててもらおうぞ!)

 ステファノは、大きく頷いていた。バルコニー下に落下したチェーザリ伯爵のことなど、意識の彼方に飛び去っていた。