ボネッリ伯爵領訪問の大きな目的は、引き抜きだった。

(アントニオ・ディ・パッソーニ騎士団長)

 事前の調べによると、彼の剣の腕は確かだ。是非とも王立騎士団に加わって欲しいところだが、大きな難があった。

 パッソーニの母親は、父王の元愛人だったのだ。それも、人妻だった彼女を強奪したとか。とても、引き抜きに素直に応じるとは思えなかった。

(まったく、考えなしに敵を作られるからだ……)

 内心父に苛つきつつ、ステファノはドナーティら王立騎士団の主要メンバーを伴って、ボネッリ伯爵領を訪れた。額に脂汗を掻いている、気の小さそうな伯爵が出迎えてくれる。なぜか胃を押さえている、これまた小心そうな料理長がチラチラと様子を窺う中、晩餐会がスタートした。

(美味いではないか)

 ステファノは、純粋にそう思った。素朴な田舎料理といった雰囲気だが、宮廷のごてごてした脂っこい食事に慣れているステファノからすれば、かえって新鮮だった。それに海沿いだけに、魚が美味い。

 とはいえ随行したメンバーの中には、あまり口を付けない者もいた。特に、女性たちだ。口に合わないのか、ダイエットなのかは知らないが、主催者に失礼だろう。

 内心眉をひそめていたその時、ステファノは例の料理番だという娘に目を留めた。艶やかな黒髪に、はしばみ色の瞳を持つ、小柄な娘だ。取り立てて美しくはないものの、健康的な顔色と、美味そうに料理を頬張る姿が魅力的だった。

(可愛らしいことだ)

 思わず微笑んでから、ステファノはふと思った。この光景を、以前にも見たことがある気がしたのだ。娘とは、初対面だというのに。