「いや……、失礼」

 気まずそうに、男性が謝る。そこでビアンカは、自分が彼の上に覆いかぶさった状態になっていることに気付いた。慌てて体を起こし、身づくろいする。

「こちらこそ、ご迷惑をおかけしました! あの、私、今日からこちらでお世話になる、ビアンカ・ディ・カブリーニと申します!」

 男性もまた、ゆっくりと体を起こし、立ち上がった。改めて見ると、眉が濃く目鼻立ちがくっきりした、男らしい顔立ちである。

「アントニオ・ディ・パッソーニだ。こちらの騎士団の団長を務めている」
「あなたが? 団長様、ですか」

 ビアンカは、思わず目をパチクリさせてしまった。というのも、アントニオはとうてい騎士には見えなかったのだ。背はひょろりと高いが、体は痩せ細っている。腕には筋肉の欠片もうかがえなくて、これではビアンカを受け止め損ねたのも当然と思われた。

(せっかく男前なのに、もったいないわ……、じゃなくて)

 やり直し前の人生では、王都の騎士たちも見たことがあるが、皆、筋骨隆々としていたものだ。いくら王都とはレベルが違うとはいえ、目の前の男が騎士団長だ、と言われてもピンとこない。

「ああ。ところで君は、食堂の窓によじ登って、一体何をしていたんだ?」

 当然の質問である。

「ええと、皆様のご夕食を観察しよう、と……」

 あからさまにエルマの悪口を言うのもはばかられ、必要最小限の説明に留めたのだが、アントニオはピンときたようだった。

「ははあ。エルマの追い出し作戦か」
「いえ、追い出す、というほどでもないのですが……」

 そこへ不意に、陽気な声が響いた。

「よう、アントニオ! その()が新人か? 早速、口説いてんのかよ?」

 騒ぎに気付いたのか、四人の騎士たちが中から出て来たのだ。ビアンカは、口をあんぐり開けた。四人とも、アントニオに負けず劣らずのガリガリ体型だったのである。