「そ……、そんなこと、あるはずないじゃない!」

 ビアンカは、ぶるぶるとかぶりを振った。

「ステファノ殿下が、私など選ばれるはずがないわ。私は貧乏子爵の娘で、料理番よ? あり得ないわ」

 アントニオには言えないが、ステファノは今度の宮廷舞踏会で、妃を選ぶと断言していた。きっと、もう心に決めた相手がいるに違いない。だがアントニオは、しつこかった。

「仮に、の話だよ。それでも、料理番として生きますと言うのか?」
「それは……」

 ビアンカは、絶句した。仕事に生きたいという思いは、変わらない。そう答えようと思うのに、なぜかその言葉は出て来なかった。

「もういいよ」

 アントニオは、ふっと笑った。

「いじめて悪かった。やっぱり、少し悔しかったから……」
「アントニオさん、私は……」
「好きな男から求婚されたら、意地は張らない方がいいと思うぜ?」

 最後に一言そう告げると、アントニオは踵を返し、あっという間に去って行った。ビアンカは、その後ろ姿を、呆然と見送ったのだった。

 ややあって、ビアンカは仕方なく歩き出した。向かう先は、王宮内の小部屋だ。カルロッタの件が落着するまで、ビアンカはここに部屋を与えられていたのだ。

(アントニオさんは、本当に優しい人だわ。彼のために、何かしてあげられることはないかしら?)

 真っ先に思いついたのは、アントニオの母親のことだった。母子の間には、何か誤解があるのかもしれない。修道院を訪ねて、母親から話を聞いてみようか、とビアンカは思った。

(ああ、でも、お節介かしら? それに、早く帰らないことには、エルマさんが心配だわ……)

 悩んでいる間に、部屋へ着いた。扉を開けて、ビアンカはあっけにとられた。室内に、大きな箱が置かれていたのだ。側には、侍女らしき二人の女性が立っている。

「お帰りなさいませ、ビアンカ様」
「ステファノ殿下より、今度の宮廷舞踏会に参加せよとのお達しです。ついては、それまでの一週間、引き続きこちらにご滞在くださいませ」

 二人はにこやかに、箱を示した。

「こちらは、殿下からの贈り物です。当日は、こちらをお召しになるようにとのことですわ」