部屋を出てとぼとぼ歩きながら、ビアンカは、先ほどのステファノの言葉を思い出していた。理屈は通っているが、正直ショックだった。

(食べるつもりはない、か……)

 専属料理番の誘いを断ったことを、根に持っているのだろうか。確かに、怒るのも無理はないが。だが、帰国した際は、ビアンカの料理を懐かしいと言ってくれたのに。梨のクレープだって、食べたそうにしていたではないか。

(生きて釈放されたら、料理を作って差し上げようと思っていたけれど。もう殿下の方では、そのおつもりはないのね……)

 考えてみたら、当然かもしれない。ステファノは王族として、あらゆる美食を堪能してきたはずだ。ちょっと料理をかじったくらいの、若い娘の作った物に、いつまでも固執するはずがない。思い上がっていた自分が、ビアンカは恥ずかしくなった。

(速やかに、騎士団寮へ帰ろう……)

 廊下を曲がったところで、ビアンカはおやと思った。アントニオが佇んでいたのだ。まるで、待っていたかのようだった。

「どうだった?」

 案の定、彼は駆け寄って来た。

「ええ。詳しいことは話せないのだけれど、一件落着よ」
「よかった」

 アントニオは、心底安堵した様子だった。

「何もかも、カルロッタ夫人のせいだな。本当に……。ああ、そういえば、なぜ国王陛下が彼女をあっさり処分なさったか、知っているか?」

「いえ……?」

 確かに、いくら重罪を犯したとはいえ、溺れきっていた彼女を追放など、意外な気はしていた。アントニオが、意味ありげに笑う。

「小耳に挟んだのだけれど。カルロッタ夫人は、あれほど陛下に寵愛されながら、他に愛人を持っていたのだそうだ。それにぶち切れられた陛下は、今回ついに決断なさったのだそうだよ」

「まあ、そうだったのですか?」

 ビアンカは、顔をしかめたくなった。カルロッタだけでなく、国王にもだ。英断を下したと見直しかけていたが、要は単なる嫉妬ではないのか。

(一瞬上がりかけた評価が、また下がりましたわ……)

「相手が国王陛下とはいえ、愛人になるような女なんて、皆そんなものかもしれないな」

 アントニオが言う。珍しく、吐き捨てるような口調だった。

「俺の母親だって、きっと同類だ」
「ちょっと、何てことを言うんです!」

 ビアンカは、耳を疑った。