慌ただしい靴音と共に、一人の男がはしごを降りて来る。その顔が明らかになったとたん、ビアンカは叫んでいた。

「アントニオさん!」

 ロジニアにいるのではなかったのか。アントニオは、駆け寄って来ると、鎖に繋がれたビアンカの手を取った。

「間に合ってよかった……。君の濡れ衣を証明できるかもしれないぞ?」
「どうやって……。というか、アントニオさん、ロジニアへ行かれたのでは?」

 あっけにとられていると、もう一人、はしごを降りて来る気配がした。ドナーティだった。

「パッソーニ! 焦りすぎだ。私から説明する」

 続いてやって来たドナーティは、いさめるようにアントニオの肩に手をかけた。ビアンカを見つめて、冷静に告げる。

「ビアンカ嬢。この度の一件は、ロジニアのステファノ殿下にも報告が行った。殿下は最前線ゆえ、すぐには帰国できないが、代わりに私とパッソーニに戻るよう指示なさった。そなたの料理を知る者として、潔白を証明いたそう」

「本当ですか!? ありがとうございます……」

 ビアンカは、目頭が熱くなった。そのためにわざわざ、戦場を離れて戻って来てくれたなんて。そして、そう命じてくれたステファノの思いが、嬉しくてたまらない。

「まったく、王立騎士団長たる者が戦線を離れるなど、前代未聞なのだがな」

 ドナーティは、苦笑した。

「だが、そなたには感謝しておるから。実は王都へ帰った後、屋敷で毎日、タマネギを食すようにしてみたのだ」

「本当ですか?」

 ビアンカは、目を見張った。嫌いだったはずなのに……。

「疲労回復効果がある、とそなたが言っておったからな。頑張ってみたのだ。我が家の料理番は、そなたほど味を隠すのが上手くないから、タマネギの風味は辛かったが……。とにかく続けてみたところ、何だか活力が湧いてきてな。日々の仕事も、精力的にこなせるようになったのだ」

 ドナーティが微笑む。ビアンカは、心からほっとした。

「それはよろしかったですわ」

「まったくだ。というわけで、パッソーニ共々、そなたに協力いたそう。ロジニア行きのおかげで、宮廷出禁処分もうやむやになったことだし、もう何らわだかまりはないからな」

 後半を強調しながら、ドナーティが言う。ちょっぴり根に持っているかなと思いつつ、ビアンカは、恭しく礼を述べたのだった。