テオが去った後、ビアンカは改めて彼のことを考えていた。

 今彼がビアンカを愛している、という言葉に偽りはないだろう。でなければ、危険を冒して牢にまで来るはずがない。そして、以前の人生でも、というのも本当だろう。誰もがステファノを恐れる中、求婚してきたのだから。

(そういえば、色々ひどい仕打ちはされたけど、暴力だけは振るわれたことはないわね……)

 ビアンカは、改めてテオとの結婚生活を思い出した。唯一彼が手を上げたのは、ビアンカが離婚を切り出した、死ぬ直前のあの時だけだ。

 だからといって、過去のテオの仕打ちは、いずれも許せるものではなかった。気を引きたかったという理由も、正当化できるものではない。

(でも。もしかして、私も悪かったのかしら……?)

 夫の僕にも目を向けて欲しかった、というテオの台詞が蘇る。夫を蔑ろにしたつもりはない。だが結婚当初、チェーザリ家の家計は、すでに破綻寸前だった。奥方として迎えられたビアンカは、これを立て直そうと、たいそう意気込んだのだ。……ちょうど、騎士団寮で働き始めた時のように。

 こうしてビアンカは、執事らと協力して、家計の見直しに取り組み始めた。そうこうしているうちに、テオが浮気しているという噂が耳に入ってきたが、ビアンカは見て見ぬふりをした。コンスタンティーノ三世とまではいかずとも、身分の高い男性貴族がたまに火遊びするのは、よくあることだ。新婚早々というショックはあったけれども、黙って目をつぶるのが賢い妻だとされていたから、ビアンカもそれに習ったのだ。だがテオとしては、嫉妬して欲しかったのだろうか。

(私はもう少し、他人を思いやるべきだったのかもしれないわ……)

 ステファノのことにしてもそうだ。彼がビアンカを気に入ったというのは、まだ信じがたい話ではあったが、料理番として望んでいたのは事実だ。ボネッリ伯爵の迷惑も顧みずに居座るという行動に腹を立てて、ついきつい断り方をしてしまったが、あれも間違いだった気がしてならない。

(あんなに、よくしてくださったのに……)

 ステファノの、数々の心遣いが思い出される。最後には、武芸試合時にビアンカの下着姿を嗤った男たちに、むち打ち刑を科すという処分までしてくれたのだ。スカウトを断った後だというのに……。

(自分では未熟だと思っていても、殿下が食べたいと言ってくださったのだから、願いを叶えて差し上げるべきだったわ……)

 ビアンカは、はあっとため息をついて、顔を伏せた。こんな目に遭うのも、罰が当たったのかもしれない。それなら甘んじて受けるが、唯一の心残りは、ステファノだった。

(最後にもう一度、お料理を作って差し上げたかったわ……)

 その時、誰かが牢へやって来る気配がした。