「殿下が……? 私を、気に入られたと……?」

 あのデビュタントボールでの微笑みが蘇る。あれは好意の表れだったというのか。にわかには信じがたいが、それならば、テオ以外の男性が一切近寄って来なかったのも、納得できる気がした。

「そうだ。だがその後、殿下はロジニアへ赴かれた。僕はその隙に君を狙ったんだ」

「ステファノ殿下が、私を……? 信じられないわ……」

 陶然と繰り返すビアンカを見て、テオは軽く顔をゆがめた。

「以前の人生でそうだったのなら、今回も殿下が君を気に入られる確率は高いだろう……。というか君、さっきから、僕の愛の告白はスルーか?」

「ああ、すみません。そうでしたわね」

 ビアンカは、はたと我に返った。

「じゃあ、お聞かせいただきましょうか? 妻を愛しておられたのなら、なぜ苦しめるような真似をなさったのでしょうか」

「苦しめるつもりはなかった。……ただ、気を引きたかったんだよ」

 テオは、口を尖らせた。

「君は屋敷のことにかかりきりで、使用人たちと仲良くしてばかりで! 夫の僕にも、目を向けて欲しかった!」

「……それで、浮気や散財をなさったんですの?」

 あまりにも幼稚な元夫の論理に、ビアンカは呆れ果てた。屋敷内を切り盛りするのは、妻として当然の役目ではないか。使用人と信頼関係を築くのも、普通のことである。

「話になりませんわね。聞くのじゃありませんでしたわ!」

 ビアンカは、くるっとテオに背中を向けた。おい、とテオが気色ばむ。

「助けてやろうと言っているのに、その態度は何だ!」
「あなたの助けなど要りません。またあなたの妻になるなど、まっぴらごめんです!」
「意地を張るな。このままでは、君は極刑だぞ!」
「結構です!」

 ビアンカは、再びテオの方を向き直ると、言い放った。

「あなたと再婚するくらいなら、無実の罪で極刑に処せられた方がマシですわ!」

 テオの顔が、真っ赤に染まる。やがて彼は、地面を蹴り飛ばすようにして立ち上がった。

「もう君のことなど、知るものか。後で泣きついたって、遅いからな!」

 そのままテオは、牢を出て行ったのだった。