「ダメダメ。まだあんた一人にゃ、任せられないよ」

 厳しく告げられて、スザンナはしゅんと落ち込んだ。でも、とエルマが微笑む。

「手伝ってくれるのは、大歓迎さ。近々この寮も、メンバーが増えるらしいからね。人手が増えるのは、ありがたい」

 ボネッリ伯爵は、例のアントニオのビフォア・アフター絵を、宣伝に用いたのである。おかげで騎士団への入団希望者は、どっと増えた。料理が美味いらしい、という噂も、それに拍車をかけたらしかった。

「姉妹ともども、お世話になります。エルマさん、引き続き、色々教えてくださいね」

 ビアンカは、力強く訴えた。エルマが、苦笑気味に頷く。

「そりゃそうさ。王子殿下のスカウトをお断りしてまで、ここへ残ってくれたんだからね。責任を持って、指導しないと」

 早寝の習慣があるエルマは、ビアンカがステファノの要請を突っぱねたあの騒ぎを、寝ていて知らなかったのだ。翌朝その事実を知った彼女は、青ざめていた。

「しかし、あたしも人のことは言えないけれど、あんたは頑固な子だよ。下手をすれば、不敬の罪に問われていたかもしれないのに、どうしてそう、強情を張るんだか」

「この人生では、料理番の道を極めると、心に決めましたから」

 ビアンカは、胸を張った。ステファノやボネッリ伯爵に告げたことは、本音だ。自分は、王子の食事を担当できるようなレベルではない。自分で自分に納得がいくまで、料理の腕を磨きたかった。

(……それに)

 ビアンカは、怖かったのだ。ステファノがここにいる間、プレゼントをもらったり、食事に同席させられたりと、思いがけぬ厚遇を受けた。これ以上彼と関われば、欲が湧いてしまいそうだったのだ。男性には目を向けない、仕事に生きると、誓ったというのに。その誓いを破ってしまいそうな気がした。

(でも、もう大丈夫ね……)

 ステファノは、もう王都へ帰った。しかもその後、パルテナンド王国を離れたのだ。他国から攻め込まれた同盟国ロジニアが、援軍を要請したため、加勢に駆け付けたのである。今頃は戦場で、雄々しく戦っていることと思われた。ドナーティ、アントニオも付き従ったとのことである。

「この人生?」

 エルマが、きょとんとする。ビアンカは、慌てた。

「いえ、深い意味はありません。ところで、不敬罪だなんて、大げさですわ」
「大げさなものかね。あんたはまだ、世間知らずの小娘だから……」

 その時、玄関の方で、何やら騒がしい気配がした。急いで外へ出て、ビアンカたちは唖然とした。

 何台ものいかめしい馬車が、騎士団寮の前に整列していたのだ。王立騎士団の制服を着た、リーダーらしき男が降りて来る。そして、ビアンカに向かって告げた。

「ビアンカ・ディ・カブリーニ。パルテナンド王室反逆の罪で、逮捕する」

 えーっと、ビアンカは叫びそうになった。

(まさか、本当に……!?)