「ビアンカ嬢」

 背後から、静かな声がした。振り向かなくても、ステファノだとわかる。ビアンカは、ゆっくり彼の方を向き直ると、ひざまずいた。

「名誉あるお話をいただきましたのに、このような返答で申し訳ございません。ですが、ボネッリ伯爵にもお伝えしたのですが、私はまだ未熟者。とても、殿下のお食事を担当させていただく腕前ではございません。献立表でしたら、いくらでも提供させていただきますが、王都へ赴く考えはありません。引き続きこの騎士団寮にて、精進したいと考えております」

 全員が、静まりかえった。

「一週間、殿下のお食事を作らせていただき、大変光栄でした。本日提供したのが、最後の料理になります。心を込めて、お作りしました」

 エルマの申し出を断って、今日の食事を担当したのは、ステファノに食べてもらえる最後の機会だからだ。できる限り、彼の好物でそろえてみた。

 ステファノは、しばらく沈黙していたが、やがて深いため息をついた。

「まずは、立ち上がれ」

 ビアンカが動かずにいると、ステファノはビアンカの手を取って、強引に立ち上がらせた。

「未熟と申すが、私は、そなたの作る食事が気に入っている。引き続き食べたい。それで十分ではないのか?」

「ここの寮の皆さんだって、私の料理を食べたいと思ってくださっています。王子殿下にご命令されたからと言って、彼らを見捨てるわけには参りません」

 ステファノの背後からは、四人が顔をのぞかせた。心配で、付いて来たらしい。

「ビアンカちゃん、俺らのことなら気にせずに……」

 ジョットが恐る恐る口を挟んだが、ステファノはそれを無視して低く呟いた。

「命令、と申すか」

「……」

「本当に私が命令しようと思えば、即座にそなたを王都へ連行することができる。温和な形を取っているのが、わからぬか」

「温和でしょうか」

 ビアンカは、微かに苛立つのを感じた。

「ボネッリ伯爵によると、殿下は、私を連れ帰るまではこの地を去らない、と仰ったそうではないですか。それが脅しでなくて何ですか。殿下の振る舞いは、駄々っ子と同じですわ!」