まだまだ暑く夏真っ盛りのある日、朝早くに杏介のスマホが鳴った。
今日は遅番のためダラダラと布団に転がりながら起きようか起きまいかと迷っていたときだ。

画面に表示された【石原紗良】という文字が目に飛び込んだ瞬間、一気に目が覚めた。

「もしもし?」

「杏介さん……、あの……」

ひどく小さな声で言いづらそうにどもるため、杏介は起き上がってスマホに耳を傾ける。

「紗良?どうした?」

「あの、えっと……」

何か伝えたそうなのに言葉が出てこない状況に杏介は眉をひそめる。

「落ち着いて。ゆっくりでいいから」

「うん、あの……実はお母さんが――」

話を聞いた杏介は大慌てで着替えると、カバンひとつ、家から飛び出した。

ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てる。

――お母さんが救急車で運ばれたの、どうしよう、杏介さん

必死に伝えようとする紗良の声は震えていて、今にも消えてしまいそうな気がした。

頼れと言ってもいつだって一人で頑張ってしまう。平気な顔をして一人で大丈夫だなんて、そんな風に笑い飛ばすくらいの紗良が、初めて杏介を頼った。
そんな気がした。

海斗をかかえて一人で心細いのだろう。
杏介が行ったところでどうにかなるわけではないけれど、行かずにはいられなかった。いや、電話だけで済ますなんていう選択肢は最初からなかった。

紗良のことだけではない。
海斗のことも、紗良の母親のことも、今どんな状況なのか気になって仕方がない。

杏介にとっては紗良も海斗も母親も、大切な存在なのだ。
杏介に欠けていた、いや、知らなかった、家族のあたたかさを教えてくれた人たちだから――。