石原紗良の働くアルバイト先にはお気に入りの彼がいる。

いつも窓際のカウンター席に座って店の名物であるチャーシュー麺を注文し、運ばれてくるまでのあいだ静かに文庫本を読む一人の男性。

くしゃっと乱れた髪はくせ毛なのだろうか、少しハネているけれどそれが逆にあか抜けていておしゃれ。背は高くて半袖のシャツから覗く腕はほどよく筋肉質できゅっとしまっている。
文庫本に落とした視線は伏せがちで、意外と睫毛が長い。

男性なのに綺麗だなとついついそちらに視線をやってしまう紗良は、完全に彼のファンになっている。

土日の夜だけこの店でアルバイトする紗良にとって、土曜日の夜に来てくれる彼は目の潤いであり癒しだ。

(まあ、私が勝手に拝んで癒されているだけなのだけど。でも忙しい日々にそういう潤いは必要よね)

世の中にはかっこいい人が存在するのだなと、紗良は彼を見るたびに思った。
疲れた体に活力を与えてくれる彼はこの店の常連客だ。

紗良が彼の座っていた席の片付けに入ったとき、一冊の文庫本が忘れられていることに気付いた。