「旦那様、お仕事がお忙しかったのではないですか? お食事を旦那様のお部屋に運んでもらうこともできましたのに」

「ああ、別に仕事をしていたわけではなく、着替えたり道に迷っ……いや、せっかくアルヴィラを一緒に摘んだから、夕食くらい共にしたいな……と……」

 いつものことだけど、うろたえてモゴモゴの旦那様。何の話題なら普通にお話してくれるだろう。運ばれてきた食事を口にしながら、私は旦那様の顔を見つめて考えた。
 食事を共にするのも初めてだから、旦那様がどういう会話を好むのかも見当がつかない。当たり障りのない話題を振ってみる?

「王都に『アルヴィラ』という名前の食堂があるんです」
「……ああ、知っている」
「えっ! 旦那様、『アルヴィラ』をご存じなのですか?」
「ここに来る前は王都で生活していたし、『アルヴィラ』にも行ったことがある」

 驚いた。
 旦那様があの食堂にいらっしゃってたなんて。

「……だから、君の姿も見かけたことがある」
「…………」
「菫色の髪が印象的だったし……その……一生懸命働く姿はとても可愛い……いや、仕事のデキる店員だなと」

 旦那様は顔を真っ赤にしながらナイフとフォークを取って、急に勢いよく食べ始めた。伯爵令嬢の私が、王都の食堂で給仕の仕事をしていた。それを知っていた旦那様。


「もしかして、私のことを『愛するつもりはない』と仰ったのは、それが原因でしょうか? 伯爵家の娘と結婚したはずが、食堂で働いている娘が来るなんてと驚かれたのでは?」
「それは違う!」


 急に立ち上がったので椅子が後ろに倒れ、ナイフとフォークが床に落ちた。大きな音に驚いたウォルターが駆け付け、何事かと慌てている。
 旦那様はハッとして、椅子を元にもどして咳払いをした。

 少しの沈黙の後、旦那様が口を開く。