頭の中で、旦那様との初対面の場面を思い出す。
 彼は私に向かって確かに言った。

「君のことを愛するつもりはない」

 それなのに今朝はロンベルクの森に入るのに、私を旦那様の馬に一緒に乗せてくれるらしい。いくら私だって、森の中に馬車で入るとは思っていなかったけど、どうやって行くのかな? とは思った。嫌いな相手を自分の馬に乗せるなんて、旦那様も不快なんじゃないだろうか。

 行きたいなんて簡単に返事をしてしまって、何だか悪いことをした気がする。今からでもお断りしようかと、馬を連れてきた旦那様に駆け寄った。

「旦那様! おはようございます。もし今日旦那様が大変でしたら、私は遠慮しようかと……」

 私が全て言い終わる前に、旦那様が私の方に手を差し出した。

「え、スミレ……今日も摘みに言ってくださったのですか?」
「今から出かけるのにすまない。いつものクセで摘んでしまった……」
「ありがとうございます。では、これは押し花にします。今日はアルヴィラを探すために花の図鑑を持ってきたので、ここに挟んでおきますね」

 王都から持ってきていた、母の大切にしていた花図鑑。表紙を開き、スミレの花を三輪並べてそっと閉じた。花の香りがふんわりと香り、私は目をつぶって香りを吸い込む。パッと目を開くと、いつの間にか旦那様も笑顔になっている。

「まあ、旦那様も花がお好きなのですね。笑顔をなかなか見たことがないので新鮮です」
「…………行くか」

 旦那様は照れてしまったのか、笑顔を隠すように振り返り、そのまま馬の手綱を取った。こういう姿を見ると、旦那様が女の人を取っ替え引っ替えしているようには見えないのに、人というのは見た目では分からないものね。