「ウォルター!!」
「おぼっちゃま、こんな遅い時間にどうされましたか」

 執事のウォルターのいる部屋に、俺は扉を蹴破らんかの勢いで飛び込んだ。

 何なんだ、この屋敷は。
 ここまで来るのに三十分は迷ったぞ。

「……ウォルター、今、ヴァレリー伯爵令嬢の部屋に行ってきたんだが」
「ああ……そうですか。奥様はなんと……」
「そもそもあの人はソフィ・ヴァレリーじゃない!」
「えっ? ソフィ様ではない? それでは一体あの方は……」

 そう、たった今俺は今日嫁いできたばかりのヴァレリー伯爵令嬢の部屋に行ってきた。そして「君のことを愛するつもりはない」と伝えた。

 でも、俺がそんな冷たい一言を浴びせた相手は、ソフィ・ヴァレリーではなかった。ソフィ・ヴァレリーの顔なんて知らないが、あの人はとにかくソフィではない。

 むしろ……俺が想いを寄せていた、リゼット・ヴァレリーなんだ。彼女は俺のことは知らないだろう。俺の勝手な片思いだから。

 部屋に入った時は逆光で顔が見えず気付かなかった。途中で気付いた時にはもう手遅れだった。
 愛するつもりがないどころか、愛するつもり満々だったのに。言葉の最後の方は何とか誤魔化してみたが、かえって不審がられたと思う。