「今日、ドルンに発とうと思ってるんだよね。だから挨拶に来た!」

「は?! お前何言ってるんだ?!」
「……ちょ、ちょっと待ってください! ええっ?!」


 約束もなしにヴァレリー伯爵家を訪ねてきたリカルド様が、私とユーリ様の前でまたとんでもないことを言い始めた。私たちは思わず椅子から立ち上がって、机の上に手をついて身を乗り出す。


「あ、ユーリ様は傷が開いてはいけませんので座っておいてください。リカルド様、まだ大切な手続きが残ってますよね……? まさかとは思いますが、このままになさるおつもりではないでしょう?」


 私の言葉を聞いても表情一つ動かさないリカルド様を見て、私の不安は増していく。行動も思考も読めない彼のことだから、私と離婚しないままドルンに旅立つなんて言いかねない。

 リカルド様は右に左に何度か首を傾げた後に、「ああ!」と一言声をあげた。


「忘れてたよ。一つ大切なことを」
「ですよね! 良かった、早く手続きを……」
「君の髪が菫色になった理由を伝えるのを忘れたまま、ドルンへ旅立つところだった。危ない危ない!」


 ずっこけてテーブルで頭を打った私の横で、ユーリ様が立ち上がる。


「リカルド、お前本当にいい加減にしろ。頼むからもう人を振り回すのはやめてくれ。リゼットとの離婚はどうするつもりなんだ!」
「離婚だって?」
「リカルド様、回りくどくお伝えしても話が通じなさそうなのでハッキリ言わせていただきます。私、リカルド様とは離婚したいのです!」

「ああ……なるほど。その件ね」


 リカルド様はわざとらしく手を打ち、うんうんと頷いた。