「リゼットお嬢様、こちらです」

 お父様は憔悴しきって部屋に閉じこもっているものの、鉢合わせしないように念のためヴァレリー伯爵家の屋敷へ裏口から入った。
 正面入り口には、お父様が雇ったらしい自警団の人たちがウロウロしており、お父様の愛妾シビルやソフィの行方の捜索をしている。

 私は使用人室のフロアを通って階段を上がり、お母様の部屋の前へ。屋敷の隅にあるこの部屋の周りは、外とは違ってとても静かだ。


「今はお医者様が奥様の診察中です」
「ありがとう……入るわ」


 数年ぶりに目を覚ましたお母様との再会。
 ずっと寝たきりだったのだ、すぐに以前のような元気な姿を見せてくれるとは思っていない。私は緊張しながら部屋をノックして扉を開けた。


「先生、リゼット・シャゼルと申します。主治医の代わりにお母様を診て頂きありがとうございます」
「初めまして、今目を覚ましていらっしゃるのでこちらへどうぞ」


 お医者様に促されて、私は母のベッドに近付いた。

 以前と同じように横たわっているけれど、サイドテーブルには水の入ったカップや本、着替えなどが置いてある。
 私はサイドテーブルの横にある椅子に腰かけ、お母様に恐る恐る話しかけた。

「……お母様、リゼットです。分かりますか?」

 力はないけれど、お母様の目はしっかりと開いている。口元も小さくパクパクと動いて、しばらくすると左目からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。


「お母様……!」


 分かってくれた。私の姿を見て、リゼットだと分かってくれた!
 思わずお母様の手を握って大声を上げて泣いてしまった私の肩を、グレースがそっと抱いてくれる。