――手の上で踊らされる、とはよく言ったものだ。

 大聖堂の司教も、いつも不機嫌顔のエリート騎士も、みんな陛下の言いなり。みんなみんなたった一人の美少年の小さな手の平の上で、踊れや踊れの大乱舞をさせられている。
 あの純真無垢な目で命令されたら、断れる人がいるわけがないわ! 恐ろしい子!

 ジーク・メデルラント国王陛下の前でド派手にケンカを繰り広げてしまった私とラルフ様は、『仲直りのぎゅーっ!』をするように命じられてしまった。
 嫌味な最低男の近くにいるだけでも鳥肌が立つのに、ぎゅーっ! なんてっ……! 絶対に耐えられない。
 絶対にあとで仲直りするからと約束して、何とかその場はしのぐことができた。だけど……

『明日から、二人でちゃんとお手々(てて)(つな)いでぼくの部屋に来てね』

――なんてお願いされてしまったものだから、先ほどから背中を伝う冷や汗が止まらない。家同士も仲が悪く、個人的にもどうしても好きになれないラルフ・ヴェルナー様と仲良くお手々(てて)を繋ぐだなんて。
 いいえ、相手がラルフ・ヴェルナーではなかったとしても、男性と手を繋ぐなんて。

 平たく言って、死んだ方がマシなのだ。

 何と言っても私の生涯の目標は、おひとりさま老後。
 私の人生に、男性との身体的接触も精神的接触も不要なんだもの!

(それに、ヒルデ様やジーク様にはあんなに優しい笑顔で接するくせに、私にはいつも鬼のような顔だし……)

 大聖堂の視察から戻り、私は王城内にある自室に向かった。

 その昔、絶世の美女リーリエ様を巡って対立したザカリー家とヴェルナー家。そして、私にだけなぜか不機嫌な態度で接してくる護衛騎士ラルフ・ヴェルナー。

 ラルフ様の日頃の振る舞いからは、ジーク様に対する純粋な忠誠心が滲み出ている。命をかけてジーク様をお守りするのだという強い意志を感じる。
 安定したおひとりさま老後を夢見て不純な動機で王城入りした私にとは対照的に、彼の忠誠心に満ち溢れた仕事ぶりは尊敬すべきところだ。悔しいけれど、それは認める。

 だからあの態度さえ改善されれば、私は彼と上手くやれるはずなのだ。家同士の争いなんて、私には関係ないんだから。

(まあ、仕事上で尊敬しているからと言って、男性と手を繋ぎたいっていう気持ちにはならないけどね!)

 回廊を抜け、使用人の居室がある棟への階段を登る。登り切ったところにある踊り場からは、西の空に茜色の夕焼けが見えるはずだ。
 私は足早に階段を登り、踊り場の手すりに手をかけた。

「ここからの景色、最高なのよね。将来は夕日が見える小高い丘の上に住みたいわ……」
「王都ではそんな物件はなかなか難しいかもな」

 夕日に見とれていると、すっかり聞きなれた嫌味な低い声が耳を打ち、私は思い切り振り向いた。

「ラルフ様?!」

(げっ……! 何故こんなところに! 待ち伏せみたいで気持ち悪っ!)

「こ、こんなところで急に話しかけられたら驚きます!」
「……では、どこで待てばよいんだ」
「待つ? もしかして、私を待っていたんですか?」
「そうだ」
「なぜ?」

 いつもの不機嫌な顔で手すりにもたれかかるラルフ様は、風に乱れた栗色の髪を手櫛で直しながら目を逸らす。夕日のせいか、どことなく顔が赤いように見えた。

「……練習を」
「え?」
「練習を、しなければ」
「何の練習ですか?」
「手を……繋ぐ……」

 うん、彼の忠誠心がとんでもなく高いことは知ってた。だけどね。

(――手を繋ぐ練習とか、()る?!)

「明日のことなら、その場の一発勝負でいいんじゃないですか? 陛下の部屋に入る前にちょっとだけ、サラっと触れるだけで。練習なんて要りませんよ!」
「そうか。君は男と手を繋ぐことなんて日常茶飯事で慣れているということか」
「ちょ……っ、私は未婚ですので、男性と手を繋ぐことなんか慣れているわけないじゃないですか! でも、たかが手を繋ぐくらい明日のぶっつけ本番でいける気が……しませんかね?」

 思わず両手を背中に回して隠した私に向かって、ラルフ様は自分の左手をまっすぐに差し出す。

「……繋いで、みてくれ」
「はい……?」

(今ここで手を繋げと?)

 答える前にラルフ様の左手が近付いて来て、思わず背筋がゾッとして身がすくむ。

「ほら、できないくせに」
「できない……です……」

 ラルフ様は伸ばしていた左手をパタンと降ろし、私が先ほど登って来た階段を降り始めた。数段降りたところで振り返り、私と目が合う。
 その場で動かない私に、ラルフ様は口を開いた。

「とりあえず、ついて来て」