「あんな茶番劇、よく恥ずかし気もなくできましたね」
「仕方ない、ヒルデに頼まれたから断れなかった」
「……それは確かに断れないですけど、殴られるまで煽らなくてもよかったのでは?」
「あの二人が上手くいったなら、それでいい。何年も何年もくすぶってて、こっちも迷惑してたんだ。いちいちロイドに見せつけるために手合わせに呼ばれて……」

 なるほど、ラルフ様がいつもヒルデ様との手合わせに呼ばれていたのはそういうわけなんだ。
 ロイド様とヒルデ様は愛し合っていたのに、お互いに想いを伝えられなかったから……ラルフ様が当て馬にされていたわけか。


(こんなに殴られてまで、可哀そうに……)


 医務室にはちょうど先生が不在で、私がラルフ様のケガの手当をする羽目になっている。消毒液をつけたガーゼをちょんちょんと唇につけて、ラルフ様が傷に消毒液がしみて痛がるのを眺めている。


「騎士様でも、これしきの傷で痛がるんですね」
「当然だ。騎士だろうが子供だろうが、痛いものは痛い」
「ふふっ、でも良かったです! これで当分私に唇部接触事故を起こすのも無理でしょうから」


 自分で言ったのに失敗した。せっかくラルフ様と普通に会話できていたのに、またあの時のことを思い出してしまったじゃないの。
 無言で目を逸らすラルフ様を横目に、私は急いで救急箱を片付けて手を洗った。


「それじゃあ、お大事に。私は仕事に戻りますので」
「……待て」
「嫌です」
「なぜ」
「待てと言われて待つ人がいますかね?」


 ドアノブに手をかけようとする私の前にラルフ様が立ちはだかり、扉を開けるのを邪魔されてしまう。


「……俺の言ったことをなかったことにしようとしていないか?」
「そういうつもりではないです」
「じゃあ、なぜ何も言わない?」
「……」


 私だって、何と言ったらいいのか分からない。
 私は独りで生きていくつもりです、ラルフ様のことなんて好きじゃありません。

 そう言えば諦めてくれるかもしれない。

 でも、私の本当の気持ちはそうじゃない。
 実際私の頭の中はラルフ様でいっぱいなのだ。彼のせいで私の気持ちは乱されてて、フランツ様のことなんてこれっぽっちも考えなくて済んでいる。あれだけフランツ様のことを慕い、それ故に傷ついて引きこもったほどの私が、今はフランツ様のことよりラルフ様のことを考えている。
 でも、これがラルフ様への感謝の気持ちなのか、私もラルフ様のことを好きなのか。それが分からないのだ。

 しかも、もし私が彼のことを好きだったとしても、それ以上は何もできない。結婚だってできないし、手を触れる事すらできない。


「ごめんなさい、私は仕事中なので早く戻らないと」
「……君の気持ちを聞かせて欲しいだけだ」

 ラルフ様はそう言いながら、静かに扉の前から離れる。
 私は彼とは目を合わせず扉を開けた。


「ラルフ様には感謝しています。でも、やっぱりダメなんです。ごめんなさい」


 ハッキリと拒絶もできない私に、きっと彼は幻滅しただろう。私本人でさえも、自分のことが卑怯だなと思っているくらいなのだから。