「こくおうへいか、ロジーナともうします」
「マルゴでしゅ」
「ヨハンナともうします!」
「クララ」

 小さなご令嬢たちの可愛らしい自己紹介に、私はついつい笑ってしまいそうになるのを必死で(こら)えながらお迎えした。
 ご令嬢たちはお付きの侍女と共に庭園に次々と入って来る。ここでは父親の爵位を隠してファーストネームだけで自己紹介をするルール。これもジーク様をはじめ、私たち使用人たちの先入観をなくすためだ。

「お召し物を見れば、大体の身分は分かってしまうけどね」
「リズ、聞こえたら大変よ。静かに」

とは言えリズの言うとおり、ドレスや話し方を見れば、大体どれくらいの身分のご令嬢なのかは予測が付く。
 例えばあちらのマルゴ嬢。話し方や滑舌がまだまだ赤ちゃんのようだけど、きっと高位貴族のご令嬢だ。
 それに一見しっかりしていそうなロジーナ嬢は椅子から立ったり座ったり落ち着きがなく、あの年の割には必要な教育が行き届いていないと見える。ドレスも流行を過ぎたものだから、王都から少し離れた田舎貴族と言ったところだろうか。

(あっ……イリスだわ)

 見慣れた生意気そうな顔のイリスが、侍女と共に現れた。
 しまった! ラルフ様がイリスに近付かないように見張ろうと思ったのに、彼はどこにいったのかしら。
 もしかして……もう既に他の幼女を物色中だったりして?! 早く探さなきゃ!

「国王陛下、イリスと申します。本日はおまねきいただきましてありがとうございました」
「ジークと申します、ようこそ」
「陛下ってまだ五歳? けっこうちっちゃいのね。イリスね、最近すごい背が伸びたからドレスが短くなっちゃったんだけど、お父様がドレスを作ってくれて、イリスはピンクが好きだから……」

 うわ! ラルフ様を探している余裕もなかった。
 もう、イリス!! 弾丸トークをやめなさい!

(教育が行き届いてないのは、我がザカリー家の方だわよ……)

 イリスがジーク様に対して空気も読まずに話し始めたので止めに入ろうとすると、イリスの後ろからラルフ様たち護衛騎士が列になって庭園に入ってきた。
 どうやらイリスが最後に到着した招待客だったようだ。庭園のゲートが閉められ、ラルフ様はイリスとジーク様の方に近付く。

 ラルフ様はそのまま少し身をかがめてイリスに微笑んだ。


「イリス嬢、何をなさってるのですか?」
「うーんとね、(いき)してる!」
「ああ、そうだね。息はみんないつもしてるよね」


 ……ああ、私は少々、ラルフ様の特殊趣味を甘く見ていたかもしれない。


 ラルフ様の動きは電光石火(でんこうせっか)
 目にも止まらぬ早さでイリスに近付き、席に案内しながらイリスの背中にそっと触れた。


(マズイわ。これは思ったよりも深刻な女ったらし……いえ、幼女ったらしだわ!)


 その後のお茶会はあっと言う間に過ぎた。
 ジーク様がテーブルを移ると、ご令嬢たちや侍女たちの視線もそちらに動く。皆がそうやってジーク様のこと目で追う中、私の視線はジーク様とイリスとラルフ様を行ったり来たり。それだけで目が回りそうなほど忙しい。

 ラルフ様が単独でイリスに近寄らないように見張りながら、イリスをできるだけジーク様の近くに連れて行くようにそれとなくフォローする。


「ねえ、お姉様! これからダンスなの? 誰と踊るの? お姉様は踊らないの?」
「そうね、イリス。あなたはせっかくだから国王陛下と踊っていらっしゃい。ほら、陛下のところへ行きましょう」
「お姉様、何でそんな丁寧な言葉遣いなの? いつもだったらイリスに怒ったりするのに、なんで丁寧なの?」


 私がイリスの質問攻めにうんざりしていると、近くでラルフ様が必死で笑いを堪えて立っていた。


「イリス嬢、質問がたくさん思い浮かぶ賢い子だね」
「え? お兄さん、誰? すっごいハンサム! ねえ、イリスと踊ってくれる? それとも誰か恋人いるの? ねえ、騎士様!」


 ラルフ様とちゃっかりと手を繋ぎ、彼のことも質問攻めにするイリスに、ラルフ様はニコニコと嬉しそうだ。

 あら、もしかして。ラルフ様ったら質問されるのが楽しいのかしら。言葉攻めがお好きなの?


【言葉攻め】[名詞]言葉で人を辱めること。羞恥プレイ。


 頭の中のマリネット辞典をまたまた検索してしまって後悔した。

 これはいけないわ。
 笑っているラルフ様にイラっとして、手袋をつけた右手で思い切りラルフ様の二の腕をつねった。

 やがて楽団の演奏が始まり、使用人たちがテーブルを片付け始める。

 残念ながらジーク様はファーストダンスのお相手にイリスを選んでくれず、三歳くらいの小さなご令嬢と両手を繋いでスキップして楽しんでいる。
 あわよくばイリスをジーク陛下の婚約者に……なんて考えていたけれど、まあいいわ。ジーク様がご自分の好きな方を選んで頂けたらそれが一番ね。

 イリスのことも自分の老後も大切であることには変わりがない。だけどやっぱり一番に考えなければいけないのは、ジーク様の幸せだ。


「イリス、残念だったわね」
「え? なんで? お姉様」
「陛下と踊りたかったよね?」
「ううん、別にそうでもない。それより、あそこのかっこいい騎士さまと踊ってくるからね!あとはよろしく!」


 あとはよろしく、じゃないわよ。
 イリスはまっすぐラルフ様の元に走っていき、今日一番の笑顔でラルフ様と踊り始めた。