――マリネット・ザカリーが食堂で倒れた。
休憩を終えてジーク様の部屋に向かう途中に噂を耳にした。
(またか……)
俺と一緒にいた時、庭園で倒れたのが昨日の夕方。それから一日と経たないうちに再び倒れたということになる。
「俺と手を繋いだことがそんなに嫌だったか、それとも誰か他の男が……」
ついつい独り言を口にした俺の肩をポンと叩いたのは、ロイド・クラインだった。
「ラルフ! さっきマリネット嬢が倒れたんだ」
「ああ、噂は聞いた。ケガはないのかな」
「僕の目の前で倒れてさ、とりあえず頭をぶつけないように支えたからケガはないと思うんだけど。突然倒れたからびっくりしたよ」
「目の前で? おい、もしかして……!」
つい『もしかしてマリネットに触ったのか?!』と聞きそうになって慌てて口をつぐむ。
「もしかして、ということは、何か心当たりでも? 彼女体調でも崩しているのかな」
「いや、俺はよく分からんが……」
ロイドの問いに対して、モゴモゴと濁してごまかした。
食堂で倒れたということは、そのまま使用人棟の自室に運ばれただろう。となると、女性の棟には見舞いにはいけないから、コーラさんにでも彼女の様子を聞くしかないか。
それはそうとマリネットが倒れたということは、ロイドが彼女に触ったに違いない。俺がこんなに気を遣っているのに、易々と一線を超えやがって……!
俺はロイドに見られないように、彼の背中を思い切り睨みつけた。
「そう言えば、マリネット嬢が倒れたことを父が聞いてさ。彼女がジーク陛下の教育係としてふさわしくないんじゃないかって言い始めてる」
「は?」
ロイドの父親は、メデル王国の宰相クライン公爵だ。名目上は摂政のヒルデ様を補佐する立場ではあるが、名ばかり摂政のヒルデ様の下では、実質この国の最有力者と言っていいほどの権力を持つ人物。
(そのクライン公爵に目を付けられた……?)
「じゃあ、ごめん。僕は仕事に戻るけど、もし彼女にあったら様子を聞いておいて。目の前で倒れられたらさすがに責任感じてしまって」
「ああ、分かった。あと、教育係にふさわしくないかどうかの判断はちょっと早いと思うぞ。来月のお茶会もあるし、そこまでに交代はないだろ」
「どうかな。それも彼女の体調次第だと思うけど。じゃあ、よろしく!」
マリネットが倒れたのは、彼女自身のせいではない。
原因を作ったのはシャドラン辺境伯だし、昨日倒れたのは俺のせい、今日のはロイドだ。彼女に一切非がないにも関わらず、それを理由に教育係にふさわしくないなんて、何と理不尽なんだ。
どうにか彼女を守る方法はないだろうか。
ザカリー伯爵家は落ち目だから後ろ盾にはなれない。彼女がザカリー家の人間である限り、我がヴェルナー家の権力も使えるわけがない。
ジーク様がマリネットを気に入っていることだけが頼りだが、それだけでは乗り切れない。
(……そうだ! 来月の、婚約者選びだ)
たった一か月の間にジーク様をお茶会デビューさせるための教育を任されたマリネット。これを成功させれば、彼女にとって確かな実績になる。
とにかくこの一か月は、彼女の近くに男が近付かないようにしよう。もう一度倒れようものなら、お茶会を待たずに解雇だなんて言われかねない。
男性恐怖症さえ気を付ければ大丈夫だ。意志の強い彼女のこと、ジーク様の教育に失敗なんてするはずがない。
そういえば、ザカリー伯爵にはもう一人幼い娘がいた気がするが、今回の婚約者候補に選ばれているのだろうか?
マリネットの妹が当日来るのなら、妹が彼女の足を引っ張らないように見張っておく必要もある。仮にジーク様が完璧に仕上がったとしても、マリネットの妹が失態を見せては全て水の泡なのだから。
休憩を終えてジーク様の部屋に向かう途中に噂を耳にした。
(またか……)
俺と一緒にいた時、庭園で倒れたのが昨日の夕方。それから一日と経たないうちに再び倒れたということになる。
「俺と手を繋いだことがそんなに嫌だったか、それとも誰か他の男が……」
ついつい独り言を口にした俺の肩をポンと叩いたのは、ロイド・クラインだった。
「ラルフ! さっきマリネット嬢が倒れたんだ」
「ああ、噂は聞いた。ケガはないのかな」
「僕の目の前で倒れてさ、とりあえず頭をぶつけないように支えたからケガはないと思うんだけど。突然倒れたからびっくりしたよ」
「目の前で? おい、もしかして……!」
つい『もしかしてマリネットに触ったのか?!』と聞きそうになって慌てて口をつぐむ。
「もしかして、ということは、何か心当たりでも? 彼女体調でも崩しているのかな」
「いや、俺はよく分からんが……」
ロイドの問いに対して、モゴモゴと濁してごまかした。
食堂で倒れたということは、そのまま使用人棟の自室に運ばれただろう。となると、女性の棟には見舞いにはいけないから、コーラさんにでも彼女の様子を聞くしかないか。
それはそうとマリネットが倒れたということは、ロイドが彼女に触ったに違いない。俺がこんなに気を遣っているのに、易々と一線を超えやがって……!
俺はロイドに見られないように、彼の背中を思い切り睨みつけた。
「そう言えば、マリネット嬢が倒れたことを父が聞いてさ。彼女がジーク陛下の教育係としてふさわしくないんじゃないかって言い始めてる」
「は?」
ロイドの父親は、メデル王国の宰相クライン公爵だ。名目上は摂政のヒルデ様を補佐する立場ではあるが、名ばかり摂政のヒルデ様の下では、実質この国の最有力者と言っていいほどの権力を持つ人物。
(そのクライン公爵に目を付けられた……?)
「じゃあ、ごめん。僕は仕事に戻るけど、もし彼女にあったら様子を聞いておいて。目の前で倒れられたらさすがに責任感じてしまって」
「ああ、分かった。あと、教育係にふさわしくないかどうかの判断はちょっと早いと思うぞ。来月のお茶会もあるし、そこまでに交代はないだろ」
「どうかな。それも彼女の体調次第だと思うけど。じゃあ、よろしく!」
マリネットが倒れたのは、彼女自身のせいではない。
原因を作ったのはシャドラン辺境伯だし、昨日倒れたのは俺のせい、今日のはロイドだ。彼女に一切非がないにも関わらず、それを理由に教育係にふさわしくないなんて、何と理不尽なんだ。
どうにか彼女を守る方法はないだろうか。
ザカリー伯爵家は落ち目だから後ろ盾にはなれない。彼女がザカリー家の人間である限り、我がヴェルナー家の権力も使えるわけがない。
ジーク様がマリネットを気に入っていることだけが頼りだが、それだけでは乗り切れない。
(……そうだ! 来月の、婚約者選びだ)
たった一か月の間にジーク様をお茶会デビューさせるための教育を任されたマリネット。これを成功させれば、彼女にとって確かな実績になる。
とにかくこの一か月は、彼女の近くに男が近付かないようにしよう。もう一度倒れようものなら、お茶会を待たずに解雇だなんて言われかねない。
男性恐怖症さえ気を付ければ大丈夫だ。意志の強い彼女のこと、ジーク様の教育に失敗なんてするはずがない。
そういえば、ザカリー伯爵にはもう一人幼い娘がいた気がするが、今回の婚約者候補に選ばれているのだろうか?
マリネットの妹が当日来るのなら、妹が彼女の足を引っ張らないように見張っておく必要もある。仮にジーク様が完璧に仕上がったとしても、マリネットの妹が失態を見せては全て水の泡なのだから。