「ごめんね、お待たせ」
「いえ」
そんなに待ったわけではありませんと、笑顔を向ける。

ここは都内にあるフレンチレストラン。
一見お店とは思えないような隠れ家的な場所で、事前に教えられていた私も入るのに怯んでしまった。

「ここ、初めてだよね?」
「ええ」

銀行員時代には友人や職場の仲間と食べ歩きすることもあったけれど、さすがにこんな高そうなお店には来たことがない。

「荒屋さんはよく来るんですか?」

さっき入って来たときのお店の人の対応から見て、初めてではなさそう。
もしかして常連さんなのかしら。

「ここは静かだし、料理もうまいしね、仕事で時々使わせてもらっている」
「へえー」
営業って、こんな高級なお店にも行くのね。

「仕事だよ、仕事」
言い訳気味に言う荒屋さん。

「そうですか」
こんな素敵なお店に来て仕事なんて、もったいないな。

「とりあえず乾杯しようか?」
「ええ」

目の前に置かれたワイングラスを静かに合わせた。
深い紫色の液体を口に入れ、一口飲み込んでその刺激的な舌触りと鼻に抜ける芳醇な香りに思わず頬が緩む。

「美味しい」
無意識に口を出た。