「璃子ちゃーん」
「はい」

そんなに大きくもない店で、今日も私を呼ぶマスター。
呼ばれた私はカウンターに駆け寄り、いれたてのコーヒーをトレーに乗せた。

一見同じ琥珀色に見える液体。
マスターのこだわりでカップはそれぞれ違うものを使っているけれど、気を付けないと間違えそうで気をつかう。

「お待たせしました」
慎重にトレーを持ち、窓際の席に座るお客さんにコーヒーを運んだ。

「うん、いい匂いだね」
「ありがとうございます」

マスターの入れるコーヒーは本当に美味しい。
雑味のない透き通った味わいと、爽やかなのど越し、最後に鼻へ抜ける香りはチェーン店のコーヒーショップでは出せないもの。私はこの店で働くようになってコーヒーの美味しさを初めて知った。

「璃子ちゃん」
「はーい」

今度はモーニングが出来上がったらしい。

ここは都心のビジネス街。
大きなビルが立ち並ぶ一角にあるカフェ『プティボワ』。ここが私の勤め先。
マスターと数人の従業員で回す小さなお店だ。
ちなみに、お店の名前はマスターの苗字である『小森』をフランス語読みしたものらしい。