「ねぇどこ行ってたの?遅いんだけど」


「…わるい。」


「あーもう、あと30分もないしサイアク」



“おかえり”という言葉は、この女の脳内からは既に消え失せた日本語なのだろう。

おれだって期待はしていないし、逆に会話すら面倒だった。


くさびれた住宅街にある3階建てアパートの2階。


リビングのソファーに座ってメイクしている、煙と香水が混ざった匂いの女を、おれは出来るだけ視界に入れないように必死だった。



「なにしてたの?」


「…空見てたら…溺れそうになった」


「はあ?」



俺が手にしていたビニール袋をかっさらうように、その女は中身を確認すると今度は機嫌よさそうに鼻歌を響かせる。

それは本来なら17歳の俺が買えるはずのないタバコだった。


そして何かに勘づいた俺は、ドクンと叩いてくる気持ち悪さと一緒にすぐに女を問い詰める。



「ここで吸った?」


「…1本だけ」


「ふざけんな、部屋では吸わねぇ約束だろ」


「はいはい、ベランダで吸ってくるってば」



あしらうように流すそいつの非道さに泣きたくなって、俺は駆けつけるようにもうひとつの閉めきった扉の先へ急いだ。