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「千咲、ちょっといい?」
珍しくお姉ちゃんに呼ばれて部屋に入る。
お姉ちゃんとはそれなりに仲がいいけど、社会人になってからはお互いの時間が合わずすれ違うことも多かった。
こうして部屋に入って二人きりで話をするのはいつぶりだろうか。
お姉ちゃんは私より五歳年上で、なんでもそつなく器用にこなす秀才タイプ。
おまけに美人で器量もいいからご近所さんからの評判もよく、自慢の姉だ。
「実はね、私結婚することになったの」
「えっ!そうなんだ、おめでとう!」
「ありがとう。彼の転勤についていくから、もう来月には家を出ていこうと思ってて」
「遠くに引っ越すの?」
「そうなの。彼を支えてあげたくて」
「なんかお姉ちゃんらしいね」
ほんのりと頬を染めながら語るお姉ちゃんは幸せに溢れていて、見ているだけで眩しい。
彼を支えてあげたいだなんて、そんなことを言えるお姉ちゃんはすごい。よっぽど好きなんだろうな、と見てて思う。
美人なお姉ちゃんのことだから、きっとウェディングドレス姿も素敵に違いない。想像するとこちらまで顔がにやけてしまいそうになる。
「やっぱりお姉ちゃんはすごいね」
「え?」
「だって、良い大学入って大手に就職して、結婚適齢期に結婚して、しかも旦那さんを支えたいだなんて、良い女すぎるじゃん」
思ったことをつらつらと口に出したら、なぜだかお姉ちゃんは困った顔になった。
何か変なことを言ってしまったかと自分の発言を振り返るが、思い当たる節がない。
「千咲はさ、優しいよね」
「え、どこが?優しいのはお姉ちゃんだと思うけど?」
少し躊躇いがちに私を見るお姉ちゃんはきゅっと眉を下げた。
「千咲に謝っておこうとおもって」
「謝る?」
意味が分からず首を傾げる。
私がお姉ちゃんに謝ることはあっても、お姉ちゃんが私に謝ることなどないはずだ。だって私はお姉ちゃんから嫌なことをされたり言われたりしたことがないのだから。