◆ side稜介



バタバタとあわただしくエントランスへと駆け込み、屋根のあるそこでふっと大きく息を吐く。

濡れてしまう可能性はその瞬間になくなったというのに、雫ちゃんは慣れた手つきでエントランスにあるパネルを操作しオートロックを解除して、俺を振り返った。



「上がっていくでしょ?」



「ううん、まつりに悪いからいいよ」



俺はできれば事を大きくしたくない。

家に上がったなんて知ったら、口うるさい幼なじみに何を言われるかわかったもんじゃない。……それに雫ちゃんも、警戒心なさすぎない?



まあ、俺はまつりの幼なじみだし。

そもそも姫である雫ちゃんに手は出さないって、わかりきってるけどさ。



「うそ。だって稜くん、まだ納得してないって顔だもん」



……まつりのいろんな感情には鈍いわりに、変なところで鋭い。

一度そこで俺が口を噤んだことに気づいたのか、彼女はエントランスのガラスドアが閉まる前に、俺をその中へと引きずり込んだ。




昔話をしようと思ったのは、なんとなくだった。

ただ彼女が姫という護られ愛される立場でありながら、率先して俺の誕生日会の準備をしてくれたと聞いたから、それに応えないとと思った。



一生懸命、姫になろうとしてくれているのなら。

壁を造っていては、はじまらない気がしたから。



「ねえ、連れてきてこんなこと言うのなんだけど」



小さな四角い箱が、上昇する。

俺らしかいないその場所で髪についた水滴を軽く払った彼女の瞳は、照明が薄暗いせいで濁って見えた。



「わたし、稜くんを傷つけるようなことも言うかもしれない」



「……いやな前置きするね」



「でも、適当なこと言うつもりはないわよ」