かつてルクレーヌ王国には、セレスティーナという名の王女がいた。
 セレスティーナはその美しさから妖精姫と称えられるほど人々の心を魅了し、愛される王女だった。
 しかしその最期は悲劇的なものである。

 王女の婚約者は海を越えた大国の王子。セレスティーナは十七の歳、愛する王子の暮らす地へ嫁ぐことが決まる。
 ところが船は激しい嵐に見舞われ、王女が異国に降り立つことはなかった。人々に愛された妖精姫は嵐の海に消え、セレスティーナの名は悲劇の王女として人々の記憶に刻まれたのである。

 しかしセレスティーナの死から十五年。一人の小説家の登場によって王女の死は悲しいだけの物語ではなくなった。

 書き手の名はリタ・グレイシア。デビュー作【王女の婚姻】を発表後、絶大な人気を博した作家である。
 当時ルクレーヌ王国では悲劇的な結末が流行していたが、リタは幸せな結末、ハッピーエンドを主義とする書き手だった。【王女の結婚】では実在した悲劇の王女セレスティーナをモデルに、彼女の人生を大胆な解釈でアレンジし、その悲劇的な人生の幕引きを幸せな結末で彩ったことから一躍話題を攫った。
 以後もリタは精力的に執筆を続け、その活躍はロマンスだけに留まらず、国民から圧倒的な支持を得続けている。近々翻訳本の発行も予定され、その活躍は国外にまで広がる予定だ。

 前述の通り、リタの台頭によってルクレーヌの文学は変わった。求められていた悲劇的な結末から一転、ハッピーエンドが人気を博すようになったのである。そこには著者の強い願いが込められていた。

 時は流れ、リタの登場から三年。
 今日はそんなリタ・グレイシア待望の新刊が発売される日だ。