通勤途中の電車の中吊り広告や楽器店に張り出された大きなポスターを見て、春花はほうっと感嘆のため息をついた。

――ピアニスト桐谷静――

その名前を見るだけでドキッとする。いよいよ彼は手の届かない人になったんだと実感して、同級生なのは本当は嘘なんじゃないかとさえ思えてしまう。

音楽大学在学中にコンクールで賞を取りどんどんと有名になっていった静。昨今の芸能ニュースでは、フルート奏者と熱愛報道まで出ているくらいに世間を賑わせているもはや有名人だ。

その活躍を耳にするたび春花は誇らしい気持ちでいっぱいになった。と同時に、自分の人生とは雲泥の差であることへの憧れと嫉妬心が少なからずもわく。

高校生のときは放課後毎日一緒に過ごしたのに、と。

その思い出すら幻だったのではないかと思うほど、今の静は輝いていて別世界の住人に見えた。

専門学校で保育士の資格を取った春花だったが、結局ピアニストになることが諦めきれず楽器店に就職しそこでピアノの講師も兼任することになった。

本当にピアニストになりたかったのかどうか、今の春花にはわからない。ただひとつ言えることは、静に少しでも近づきたかったということだ。