もちろん、表立ってつらく当たるようなことはしない。
 話しかければ、普通に答えてくれる。
 そんな兄の秘めた憎悪に気が付いたのは、アルヴィンだった。もともとセシリアの言葉で兄を警戒していたからだろう。
 言われてみれば、表向きは優しそうに微笑んでいるが、兄だってまだ子供である。
 その瞳の奥の憎しみまでは隠せない。
 自分よりも強い魔力を持っているセシリアを、実母が亡きあと、その寵愛を一身に受けている継母を、兄はずっと憎んでいたのだ。
(うーん、やっぱりそうだったか)
 セシリアは、深く溜息をつく。
 前世の記憶が蘇ったとき、自分の置かれた状況から考えて、兄は自分を憎んでいるのではないかと思った。
 でも十歳のセシリアにとって、兄は優しい人だったのだ。
 何の知らない十歳の自分は、いつか両親は自分に関心がまったくなく、優しいと思っていた兄は自分を憎んでいたと知るだろう。
 そのとき、記憶のないセシリアはそれに耐えられただろうか。
(無理だわ。きっと、心が壊れてしまう)