「……いってきます」


 じゃれつくわたしたちの脇を、瑞葉が空気のように通り過ぎる。


「瑞希聞いているの?」


 母は瑞葉と朝の挨拶を交わすことも、こんな風にいつまでも子ども扱いすることもない。

 ただ瑞葉にとって、これがどれだけ残酷でどれだけ苦痛なのかは少し分かる。


「ハンカチは? 今日は雨が降るかもしれないから傘も持たないと」


 その瑞葉の分までも母にとってわたしはいつまでも小さな子どもで、いつまでも母の望む良い子でなければいけないから。


「大丈夫よ、母さん。雨がもし降ってきたら誰かに入れてもらうから。今日、こんなにいい天気なのよ。どうせ降ってもすぐ止むよ」

「それもそうだけど……。今日はピアノのレッスンだから、早く帰ってくるのよ」

「はーい。いってきまーす」

「はい、いってらっしゃい。車に気を付けてね。変な人に付いて行っちゃダメよ」

「何かあったら、すぐ電話するね母さん」

「ええ、そうしてちょうだい」