「悠くん・・」

 僕を呼ぶ声で目が覚めた。

 紗羅(さら)は僕の腕の中で静かに眠っている。そっと頬に触れると濡れた感触が指先に伝わってきた。また夢を見ながら泣いていたようだ。

 一緒に住み始めた頃、彼女に、なぜつらい夢ばかり見るのかなと聞いたことがある。すると紗羅は「つらい夢じゃなくて幸せな夢を見ているの」と言った。どうして幸せなのに悲しいのと聞いたら、「幸せは、いつか終わってしまう」だから哀しいと言って困った顔をした。

 今朝、散歩に誘った時は行きたくないと言った沙羅だったが、時間をかけて説得し、マンションからぶらぶら二人で歩いて川沿いの桜を見に行った。思ったとおり満開だったので、今日行って良かったと思う。次の日曜日まで保たないだろう。

 会社勤めの人間は平日にのんびりなど出来ないし、さらに年度末のこの時期はいつもより忙しいから、いくら一年に一度の花見といえども、その為に休暇を取るのは無理な相談だ。