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顔に、温かいものが流れたような気がした。

「うなされてるな」
「そうね」
(······ん······誰かいる······?)
そう思ったけど、だめだ、眠くてたまらない。
「すーすー」
「······だめだわ、起きない。この子本当にプリンセスなの?ノザン、たたき起こして」
「カナイラがやれよ。力はお前のほうがあるんだから」
「やってもいいけど、骨が粉砕するわよ」
そんな会話が聞こえた。
(う~ん、たたき起こす······?骨が、粉砕······粉砕!?)
バッと目を開けると、背の高い黒髪の女の人が私に平手打ちを食らわせようと手を振り上げているところだった。
「ちょっ!やめて!!」
私は彗星のごとくスピードで起き上がり、女の人から離れた。
「あら、起きたのね。よかった、あと一瞬遅かったらもう二度と起きられなくなるところだったのよ」
そう言った女の人はとても綺麗な顔でニッコリと笑った。

(いやー!怖い、怖い人だ!)
私が壁にくっついてビクビクしていると、
「おい、怖がってるぞ。暴力はやめてやれ」
いつの間にか隣に、これまた長身でスラリとした男の人がいた。
「うわっ」
更にとびのこうとすると、
「あ、怖がらなくていいよ。俺は彼女ほど怪力じゃないから」
そう言って金髪の男性は少しだけ微笑んだ。
「ちょっと、私に叩けと言ったのは貴方じゃないの。私のせいにしないで」
「だって俺暴力嫌いだし。だからこの子には眠りの香水使ったわけだし」
「よく言うわ。私に殴らせていたら同じよ。」
(えーと······ここはどこだろう······)
私はおずおずと揉める二人から距離を取り、あたりをみわたす。
部屋は広く、天井の大きなシャンデリアがカーテンのしめきられた部屋を明るくしていた。
テーブルの周りに赤いソファが3つならんでいて、どうやら私は客間のソファに寝かされていたみたい。
客間は客間でも部屋にカシアの姿はなく私は嫌な予感がしていた。

「大体貴方、姫様が部屋に入り込んでいる事にさっさと気づきなさいよ。レイク様が連れてきたら私達も絶対話すって言ってたじゃない」
「俺は誰かさんと違って一点集中型の繊細タイプだからな。気づくわけがない。てゆーかお前が途中で話しかけるから集中が切れて魔法失敗したんだが。どうするんだあれは」
「駄目な人ね。よくこの仕事続けさせてもらえるわよ」
「あ、あの!もうひとり私と一緒にいた男の子はどこにいるんですか?」
二人の言い争いがピタッと止まった。

「ああ、あの青い髪の子?彼なら先に国王様のところに連れて行ったわ。今頃牢獄にでも入ってるんじゃないかしら」
え!?また牢屋!?
なんでカシアだけっ?
「ど、どうしてカシアが牢屋に入るの?連れてきたのはそっちなのに!」
すると女性はあからさまに悲しそうな顔をして見せて、
「そうよね、彼まだ子供なのに······。でも全てはこの国のためなの。仕方がないのよ」
なっ!言っている意味がわからない上に、子供だと見下されている感じがして腹立つ!

「この国のためってどういうこと?あの子がこの国になにかしたの?」
カシアのことはあったばかりで全然知らなかったけど、まだ十代の子供で真面目そうで、とても他国になにかふっかけたとは思えなかった。

(なのにいい加減なこと言って牢屋にぶち込むとか!なんて礼儀知らずな国なの!!)
私が内心で怒りを沸点させていると、男性は「ふぅん」と目を細め、女性の耳元でなにか囁いた。
女性は「本当ね」とだけ返し、私に向き直る。
「貴方はお客様として連れてきたけど、彼は違うの。それだけ。もちろん貴方にはお客としての責務を果たしてもらうけど。その前に」
女性は私の背丈にあわせてかがみ、微笑んだ。

「さっきはごめんなさいね。どうしてもレアガンドの王子を国王に差し出してやりたかったの。でも貴方はお客様。私達、友達になりましょう」
「······っ!」
ついさっき私の骨を粉砕しようとした大人が、私と友達になりたいなんて思うわけない。
なんて一方的な。
(何が目的なの······)
すると男性が、
「やめろってカナイラ。その言い方はない。本当お前は繊細さの欠片もないな」
カナイラと呼ばれた女性は黙って男性を睨んだ。
男性は部屋の外に出る扉を開けて、「おいで」と私に手招きした。
(もしかして、カシアとあわせてくれる?)
我ながら単純だけど、パッと気持ちが明るくなり男性についていった。
真っ黒につやめくの螺旋階段をおりると、
(あれ、この場所さっき来たような?)
さらに角を曲がると、先程私とカシアが入った大きな扉を目にして、私は血の気が引いた。
「ちゃんと君に見せないとな」
男性は片手に力を入れて、ギィと重い扉を開けた。
(カシアが体重をかけないと開かなかった扉なのに)
さっきカナイラほど怪力ではないと言ってたけど、この人も相当力があるんだ。

私は怖くなって、どきどきとなる胸をおさえた。
中に入ると、さっきカシアが覗いていた大きな柱まで誘導された。
「見てみな」
言われるがままに柱を曲がると、目の前にはさっき別の部屋で見たようなたくさんの人形が立ち並んでいたー······。
「きゃっ······!」
私は顔を覆って柱の陰に戻った。

(なにあれ、気味が悪すぎる。カシアはあれを見たんだ)
「ここは人形の部屋。俺達はこの部屋と人形達の管理をしてるんだ」
「ノザンったら、これは外国の人に見せてはいけないって言われてるでしょう」
後ろからついてきていたカナイラは呆れたようにため息をついた。
ノザンは人形に近づいていき、そのうちの一体に触れて笑った。
「仲間になるかもしれない子だ······こいつ達みたいに」
「えっ······!」
ノザンはぱっと私を振り返った。
「なあ、ネア。君がもし俺達······いや、国に肩入れしてくれたら、俺達はとても助かるんだ。従わない気なら、彼らのようになってもらうけど、どうする?」
(彼らって、あれは元々生きていた人達なの?人を人形にして従わせるなんて、そんな魔法聞いたことないよ)
ふと禁術という言葉を思い出し、寒気がした。

「フン······なにが繊細なのよ。ただの脅迫じゃない。無自覚みたいだけど、やっぱり貴方って卑怯者よ」
「これで決めやすくなっただろ?国王には笑顔で会ってほしいんだ。でないとまた、レイク様に役立たずの印がつけられてしまうからね。そんなのは可愛そうだ」
「ちょっとあなた喋り過ぎなのよ」

見つけなくてはいけないレイクの名が出てきたけど、それどころじゃない。
(逃げなきゃ······!!)
私はじりと後ずさりをしたけど、
「あら、逃げようとしても無駄よ。ノザン」
「わかってる」
ノザンの手のひらがひかり、シュンと杖がとびでる。
瞬時に杖を、動かない人形たちに向けた。
やばい!!
『俺の名はノザン。ヒトを操る者。さあ人形達よ、ネアを捕まえ······』


「ネア!!」


えっ!
この声は······。

振り向くと、息を弾ませ走るカシアが部屋に入ってきた!
希望で心が踊ったのもつかの間、マントと靴が片方消え失せているのを見て、一体何があったのかと私は顔を引くつかせた。
「カシア、靴が片方ない······」
「靴なんかいらない!早く逃げろ!」
必死の形相でそういったカシアは、もう片方の靴も蹴るようにして脱ぎ捨てるというとても王子とは思えない行動をとり、ひったくるようにして私の手を掴むと出口へと走った。
後ろで、
「どうして彼がここにいるの!?牢屋に入れられたはずでしょ!?」
「知るか!まずい、このままじゃレイク様がお父上に······!」
と、また揉めている二人の声が聞こえたけど、今はそれがありがたい!

(ずっとそうやって揉めててくれ~)
私はそう願い、カシアに負けないくらいの必死の形相で走ったのだった。