前方からぐにゃぐにゃと、暴れ馬のようなトラックが逆走行してくるのだけ見えた。トラックがあまりにも近くて恐ろしかったので目をつむった瞬間に激しい揺れと頭に鋭い痛みが襲った。
 記憶はそこまでで、気づくと病院のベッドで泣きそうな叔父の稜輔の顔があった。ほどなくして、両親の死亡を伝えられた。10才の時だった。
 









 学校の帰り道に一店だけある国道沿いの小さな花屋。白髪のおばあさんが一人で切り盛りしている静かな店だ。二ノ宮竜は登校前に叔父に花を買ってくるように言われてやって来た。花屋に男子高校生が一人で入るのは恥ずかしいからと、親戚の二ノ宮郁留も連れて。
「早く買いなよ」
同じく男子高校生の郁留も花屋に入るのが恥ずかしいらしく、眼鏡が曇っていた。
「なんで墓にカーネーションなんだよ」
手に取った花に文句をつけてくる郁留。決まりなんかないだろうと思いつつ元の場所に戻す。
「店員さんに見繕ってもらえば?」
「なるほど」
叔父が用意した花代を店員に渡し注文すると、
「男の子が花を買いに来たかと思ったら女の子にじゃなくてお墓参りなのね。でも偉いわ」
と褒められた。
「女の子ね。じゃあカーネーションも買っとこうかな」
さっきダメ出しをされたカーネーションを一輪だけ買うことにした。
「僕は今度行くよ。墓参り」
「同じ自分の家の墓なのに?」
「命日だろ」
今日は両親の命日。竜が10才の時に交通事故でなくなった両親の命日。
「いいもん。春希が手伝ってくれるし」
「だから、邪魔しないよ」
郁留は背中を向け、手をひらひら仰いで「じゃあね」と帰っていった。

墓地の入り口まで行くと、同じ学校の制服を来た小柄な女の子が立っていた。
「春希!」
名前を呼ぶと、ぱぁっと笑顔になり大きく手を振っている。
「手伝いに来てくれてありがとう」
「ううん。大事な日だもんね」
命日は竜が一番に墓に参り、その後、郁留などの二ノ宮の親戚が参ることになっている。なので、きれいに墓そうじをすること。さもないと怖いおじさんおばさんに怒られるよ。と稜輔に言われて毎年行っている。それでも最初は適当にやっていたが、そのせいでだんだん汚れていく墓を見ると、中に入っている親に怒られそうな気がしたので、丁寧に掃除するようにした。
墓石を磨き、砂利を整え、周辺を掃き、花を生けた。これでもかと綺麗にした。
「よし、帰るか」
竜が帰り支度を始めると、春希は墓石の前にしゃがみ、手を合わせた。
「えぇ、そこまでするのか」
「お話ししてあげたら喜ぶと思うよ」
「お話し?」
たしかにこれじゃあ墓参りじゃなくて、ただ墓そうじに来ただけだ。竜は春希の隣にしゃがみ、手を合わせて数秒間、目をつむった。元気でやっているよ、と。
「はい、お話ししてきたよ」
「うん、よしよし」
 満足そうにうんうんとうなずく春希。
「あ、そうだ」
 はい、これ。と別で買っておいたカーネーションを春希に差し出した。花屋の店員が気をきかせてリボンを結んでくれていた。
「わぁ、ありがとう」
「やっぱり一輪でも花貰うと嬉しいの?」
「うん」
何の気なしに花をプレゼントしたが、よくよく考えてみたらなかなか大胆なことをしてしまったな、と恥ずかしくなってきた。春希は恋人でもなく、ただ仲が良い幼なじみ。手伝ってもらったお礼はしたいと思っていたが、気軽に贈り物ができるようなキザな男でもなかった。
だけど、嬉しそうに抱えている春希を横目に、あげてよかったなと思った。