月曜日、天気予報では曇りのち雨という予報だったが今朝は良く晴れていた。一応折り畳みの傘を持ち沙菜は蒼士と一緒に出社する。会社までの道のりがデートみたいでなんだかドキドキしてしまう。

 はーー。緊張してきた。

 沙菜はオフィスの扉の前で深呼吸。蒼士とアイコンタクトを取り頷くと挨拶をしながらオフィスに入る。すると、沢山の社員達から歓迎された。

「待ってましたよ」

「よろしくお願いいたします」

 
 沙菜も「これからよろしくお願いします」と頭を下げた。

「沙菜……土屋これからクライアントが来る。お茶を頼めるか?」

「はい。わかりました」

 蒼士と沙菜の話を聞いていた社員達が首を傾げた。

「沙菜さんは土屋さんなんですか?」

「ああ、俺も沙菜も相原だからな、紛らわしいだろう。沙菜は旧姓を使ってもらうことにした」

「えー沙菜さんで良くないですかー」

 他の男性社員から不満そうな声が聞こえたが不穏なオーラを感じ取った社員が声を上げ、悲鳴を上げるように叫ぶ。

「バカやめろ」

 蒼士の低く地を這うような声が聞こえてきた。

「……沙菜と呼ぶのはダメだ」



「「「ひっ……」」」



 部長の独占欲……半端ないと思う社員達だった。



 *



 沙菜が会議室にお茶を持っていくと、先日のクライアントさんの中に、先日お茶に誘われた小田さんの姿があった。

 小田さんは嬉しそうに沙菜に手を振ってくる。

 小田の馴れ馴れしい態度に困惑しつつ沙菜はそれを会釈で返した。

 会議が終わり、クライアントさん達をエレベーター前でお見送りしていると、小田さんに声をかけられた。

「沙菜さん……。今日は何時に終わるんですか?」

「えっ?あの……」

 それを聞いていた蒼士が小田と沙菜の間に割って入ってきた。

「小田さん、土屋は用事があるんですよ」

小田はお前には聞いてないとばかりに眉を吊り上げる。

「土屋……?相原ではなかったんですか?」

小田は沙菜に向かって話しかけるが、答えたのは蒼士だった。

「土屋は旧姓なんですよ。俺の妻なので相原が二人ではややこしいでしょう」

「……そうですか」

少し間があってから小田が答えた。

ピリピリとした空気が続いていたがエレベーターが来たことで話がいったん終わる。小田が柔らかい笑顔で去って行くが、それに対し蒼士は長い前髪から覗く瞳を細め小田を睨みつけていた。



エレベーターの扉が閉まると蒼士の隣にいた男性社員の山田がその場にしゃがみこんだ。

「部長ー勘弁して下さいよー。俺ビビりすぎてやばかったー」

涙を流す山田に蒼士がしれッと言う。

「あいつが悪い」

「はー。土屋さん部長の機嫌を直す方法って何ですか?」

沙菜は「んー?」と首を傾げ考えると何かを思いつき、蒼士の前までやって来た。

「蒼士さん、ちょっとかがんでもらってもいいですか?」

「ん?こうか?」

 蒼士は沙菜の前にかがむ。すると沙菜は蒼士の頭に手を乗せポンポンと頭を優しくたたいた。

「どうでしょうか?機嫌……直りましたか?」

 蒼士はかがんだまま、山田に助けを求めた。

「ヤバい……山田どうしたらいい」

 下を向いてかがむ蒼士の顔は沙菜の位置からではわからないが、しゃがんでいる山田の位置からは丸見えだった。

「うわっ部長、顔真っ赤……」

「山田、黙ってろ」