*蒼士side*

 出向してきてから毎日忙しく沙菜と過ごす時間が全くない。

 毎日イライラが募っていくが、帰れば沙菜がいる。なんて幸せなことか。毎日恋焦がれていた彼女がスヤスヤと眠っている姿を見ているだけで幸せだ。

 蒼士は本社で働いていたころ、地味だが仕事のできる沙菜をいつも目で追っていた。嫌な仕事も進んでするし、困っている人がいれば手伝い、残業も変わってやる。そんなに自分から損な役回りをしなくてもと思っていた。そんな彼女が経理部に異動になるとみるみるうちに痩せていく。どうしたのかと注意深く見ていくと畑中樹の存在に気づいた。

 二人は付き合っているのか?

 しかしそんな噂は聞いたことがない……。

 そんなある日、毎日残業が続きデスクで寝落ちしてしまうと、真っ暗なオフィスにスマホの着信音が響き渡る。

 しかし話し声は聞こえてこない、蒼士は不審に思い顔を上げるとそこに涙を流す沙菜の姿があった。

そして聞こえてきたのは……「っ……うえっ……たす……けてっ……っう……」助けてくれと、救いを求める沙菜の悲痛な声だった。俺は勢いよく立ち上がると沙菜を抱きしめていた。思っていたより小さく細い体は優しく扱わなければ壊れてしまいそうだった。自分の腕の中で小刻みに震える部下が可愛くて仕方がない。

 ずっとこのままでいるわけにもいかず声をかける。

 涙の原因は何なのか?

 やはり原因は畑中樹あいつだった。

 彼女がもし復讐したいというなら手伝ってもいいと思ったが、帰ってきた答えは「変わりたい」だった。それと三日の有休。

 三日で何ができるのかと思ったが、月曜日になり俺は度肝を抜かれる。

 目の前に美人がやって来て話しかけてきた「あのー土屋です。土屋沙菜です」と。沙菜のあまりの変わりようにたじろぐ俺に沙菜は上目遣いで見上げてくる。

 うわっ可愛い。心配そうに見上げる姿が何とも言えない。

 にやける顔を見られないよう口元を押さえ目を逸らした。


 その日の昼休み。いつものようにパンをかじりながら仕事をしていると沙菜がお茶入れて持ってきてくれた。「うまい」そう言えば嬉しそうに頬を染める彼女は本当に可愛らしい。そんな彼女からお礼がしたいと食事に誘われた。

 俺は心の中でガッツポーズした。

 夜になり俺は沙菜と共にタケの店へとやって来た。そして俺ははたと思った。女性を食事に連れていくのに居酒屋でよかったのかと……。

 しかし沙菜はオシャレなお店より居酒屋の方が良いと言ってくれた。お酒も入りふわりと笑う姿が何とも可愛らしい。

 何度も言うが沙菜は可愛い。

 食事を終え二人並んで歩いていると突然沙菜が「蒼士さん……」と呼んできた。都合のいい空耳かと思っていると「蒼士さんと呼んでもいいですか?」と、もう一度言われた。二人の時だけそう呼ぶと……。

 何だこれは……。

 酒のせいか頬を赤く染め、うるんだ瞳でこんなことを言われれば、落ちない男がこの世の中にいるのだろうか?

 どんな男でも落ちるであろうこのシチュエーション。

 抱きしめたい。キスしたい。

 沙菜のあまりの可愛さに「うぐっ……」と変な声をあげてしまった。