「ラヴィスが獣人だと知らなかったのかい?あはは!それは驚いただろう?」


 六月、梅雨の時期に入って古城を囲む森に湿った空気が立ち込む頃、自室にやってきたボナさんは豪快な笑い声を上げる。

 “ラヴィス”と親しげに呼ぶボナさんは、ベルナルド様の乳母だったと聞いた。三十代くらいの若い外見からは想像がつかないが、二十八歳の陛下の乳母ならば、エルフの彼女は年齢不詳の美魔女らしい。

 幼い頃から側で成長を見守る立場であったため、呼び名の癖が抜けないのだとか。

 他の使用人は恐れ多いのか名前で呼ぶ者はおらず、その点も私がラヴィスとベルナルド様が同一人物だと気づかなかった理由だ。


 舞踏会が終わって一週間が経ったが、正体を知られてからも、陛下は相変わらずヴォルランの姿で庭にいた。

 仕事の合間にお茶会をする勇気はもちろんない。移動の際も、芝生に寝転ぶ彼を起こさないよう気をつけているし、そもそも庭に近づかなくなった。

 あぁ。あんな立派な毛並みを撫でられる機会はそうないのに。私の唯一のオアシスが……。

 そんな思いを抱えながらモフモフが恋しくなった頃、想定外の出来事が起こった。


「エスター様、陛下がお呼びです。部屋に来るようにとおっしゃっております」